橘家




結局料理にもワインにも一口も手を付けず、私と小春さんはタクシーで彼女の実家へ向かった。タクシーの中でも彼女は震え、泣いていた。出会って一週間も経っていないが、このような事態に成るとは私も想定外。一時間程で着いた彼女の実家。支払いを済ませて降りると、インターホンを押す。途端にバタバタと家の中から足音が聞こえ、玄関が勢いよく開いた。

「小春!」
「お祖母ちゃん…、」
「ああ、よかった…、」
「小春、無事か?」
「お祖父ちゃん、」
「おおよしよし、さ、中に入りなさい。…あんたも。」
「…お邪魔します。」

彼女の祖父母に案内され中に入る。通されたリビングには幼い頃から大人になるまでの小春さんの写真が何枚も飾られていた。

「…急な訪問になり手土産も持たずすみません。」
「気にしないで、はい、お茶でもどうぞ。」
「ありがとうございます。まずは自己紹介を。七海建人と申します。小春さんと同じ会社の金融課に勤めています。歳は、」
「ああ、いいいいそんなこと。それより、…小春と結婚するという話は本当かね。」
「ええ、本当です。」

小春さんの祖父母が顔を見合わせる。

「…あれを。」
「はい。」

祖母がいそいそと奥の部屋から古びた巻物を持って来た。それは家系図で、聞けば橘家の代々の名前が記されているという。

「今から話すことは、私達も向こうさんに聞いた話だ。この子の父親の家系の話で、私達も詳しく話せるのは聞いた範囲まで。君が本当に小春と結婚したいというなら、この話を聞いてからもう一度しっかり考えて決めて欲しい。」

私は頷く。その為にここに来たのだと、小春さんに視線を向けた。小春さんは赤くなった目で私を見ていた。やはり顔色も優れない。

「聞かせてください。私は彼女を死なせたくありません。」

私の言葉に、小春さんの祖父は重たく口を開いた。橘の家は平安時代より続く貴族家系。平民に得手勝手な振る舞い、殺戮を娯楽とし、呪詛師に呪われた。ここまでは五条さんからの情報で把握している。小春さんの持つお守りは、橘家が呪われた頃からその呪いに対抗するべく作られたお守り。いわば、呪術師が作った物。その呪術師の名までは知られていないそうだが、その子孫が代々受け継いでいるのが亡くなった神主さんのいる神社だと。神主さんには後継ぎが生まれず、奥さんを早くに亡くし独り身だった。ということは、彼女を護る後ろ盾はもうないということ。

「橘家は先祖代々祟られておる。亡くなった神主さんは、橘の名を残しちゃいかんと言うておった。」
「私も同感です。」
「小春にはまだちゃんと話したことがなかったが…。うちの娘は、この子が生まれたと同時に死んでしまった。この子の父親もだ。それも祟りの影響だと、神主さんも言っておった。」
「…私を生んだから死んじゃったの…?」
「…認めたくないがそういうことだそうだ。小春が生まれることで、二人は死に、祟りから解放される。…そして…生まれた子に引き継がれるんだ…。」

彼は鼻を啜りながら話をする。小春さんも再び涙を流し、三人は抱き合った。私は出された茶を一口飲む。それは既に冷めてしまっていた。

「正直に言わせていただきます。私は小春さんと出会って三日やそこら。ですが、彼女の内に潜むモノの存在を知っていますし、それを祓う方法も知っています。私は彼女を救いたい、故に今朝プロポーズしました。」
「な、んと…、」
「お怒りになるのも重々承知しています。手塩にかけて育てた娘同然の小春さんに、ぽっと出の謎の男が求婚するなど、私が親でも反対します。ですが、小春さんを死なせたくない、その気持ちは私の本心です。」

固まる三人に向けて頭を下げる。人生初の土下座というもの、こんなところで使うことになるとは思ってもいなかった。

「小春さんとの結婚を、どうぞお許しください。」



 


back

 

top