始めまして、私は高専で補助監督をしている荒井と申します。今日は私と、私の家族の命の恩人である廻神理玖さんについて語らせていただきます。というのも、廻神さんは神の子と呼ばれる特別な方で、呪術界でもとても重要視されている存在です。本人がどれだけ自分の存在が重要視されているのかを理解しているか分かりませんが、あの御三家が取り合う程の重要人物であるのは確かです。御三家は呪術全盛期の時代から現代まで続く、呪術界でも力のある五条家、禪院家、加茂家のことです。そして廻神家は何百年かに1人、神の子と呼ばれる特別な女性が生まれるそうです。御三家だけでなく呪術界、そして非術師の中でも知る人ぞ知る存在であり、神の声を聞き、神に愛されているとされています。その術式は謎に包まれていますが、噂ではとても万能だそうです。何故私が廻神さんについて語ることになったかと言いますと、なんといっても謎が多い方でして…、
「う〜ん、マジか……、」
「廻神さん?どうかされましたか?」
廻神さんを任務先に送迎中、よくあるのが彼女の独り言です。バックミラーでちらりと確認してみれば、腕と足を組んで後部座席に座っていた廻神さんは、まるで見えない何かを見ているような視線を宙に向けているのです。これは1回や2回ではなく、しょっちゅうです。そして視線はなにかを読むように左から右に移動していくので、私としても彼女にしか見えないなにかがあるのではないかと思っています。
「いやぁ、ちょっと……考え事です…。……でもなぁ…ぶつぶつ…、」
「は、はあ、そうですか。まもなく到着です。」
「え?あ、はーい。」
廻神さんの独り言が全部聞き取れたことはないのですが、一度だけ「好感度が…」という独り言を聞いたことがあります。でも私にはなんのことだかさっぱりでした。任務先に着いて車を降りようとした私に、廻神さんは「あ、待って荒井さん」と私を引き留めました。振り返ると彼女はシートベルトすら外さずに、視線を丁度助手席のヘッドレストあたりに向けて、考えるように腕を組み右手を顎に添えていました。
「セレクト……あー…なるほど…。」
廻神さんがこういう状態の時、決まって「セレクト」という単語を聞くことがあります。そして何かを選ぶように「1番」や「2番」と言って、普段通りの彼女に戻るのです。
「終わったんで、そのまま次行きましょうか。」
「え…今ので終わったんですか?」
「はい。」
「わ、分かりました。では次の任務地に向かいます。」
「お願いしまーす。あ、お昼なに食べます?」
「そうですね…、廻神さんの気分はなんですか?」
「私はぁ…うーん、あっさり系?」
「でしたら、少し前に伊地知君に教えてもらったうどん屋さんがあるんですが、そこはどうでしょう。丁度次の任務地へのルートにあるので。」
「うどんかぁ!いいね、そこにしましょう!」
次の任務地の住所をカーナビにセットして、ナビに従って車を走らせました。その間廻神さんはスマホを弄っているようでした。時々小さく噴き出して、肩を震わせて笑っている廻神さんに、やりとりの内容までは分かりませんが私もなんだか微笑ましくなります。廻神さんはとても綺麗な方で、高専でも男女ともに人気があります。我々から見た彼女はとても芯がある強い女性で、子供達のことを大事に思っているようです。勿論、私達補助監督や、同じ術師の皆さんのことも大事にしてくれているのが、普段の彼女から見て取れます。表情をコロコロ変えることもあって、とてもユーモアのある方です。五条さん、夏油さん、伏黒さんに囲まれた時はよく揶揄われているみたいですが、皆さんとても微笑ましいやりとりをしている印象です。時々「監禁」や「犯す」などと不穏なワードが聞こえることもありますが、皆さんそれだけ廻神さんのことを慕っているんでしょう。私はただの補助監督ですから、彼らのプライベートにまで干渉することはないので、廻神さんがどなたと交際しているのかは存じませんが…。実際のところ、補助監督の中でも色々と噂はあるんです。五条さんと付き合ってるのではとか、夏油さんと付き合ってるのではとか、伏黒さんと付き合ってるのではとか、実は生徒と付き合ってるのでは…などなど…。まあ、全て噂ですからね。
「到着です。」
「やった〜!うどんうどん!」
駐車場に止めた車を降りて、手打ちうどんの店に入店すると、カウンター席に案内されました。注文を済ませた頃、少し離れた座敷席からわいわいと賑やかな声が聞こえて視線を向けると、そこには伊地知と1年生4人の姿が。
「廻神さん、あの席見てください。」
「ん?あ、1年ズじゃん!」
「お知り合いですか?」
「あ、はい、相席とかできます?」
「大丈夫ですよ、お座敷2名様追加でーす。」
店員さんの許可を得て、私達は伊地知君達の座っているお座敷席に相席させてもらうことに。
「ごきげんよう、1年生諸君!」
「あ、理玖姉!?」
「理玖さん!なんでここにいんの!?」
「相席よろしくて?」
「どうぞ。」
「荒井さんもお疲れ様です。」
「お疲れ様です、伊地知君。お邪魔させていただきます。」
「理玖さん、ここどうぞ。」
「きゅんありがと〜♡」
「あー!伏黒ずりぃ!理玖姉俺の隣に来て欲しかったのに!」
「相変わらずムッツリね。理玖さんの隣は私よ!吉野、そこ代わりなさい!」
「え、えぇ!?」
「どうどう、皆落ち着いて。あとで席替えでもしよう!」
「合コンじゃないのでお店で席替えは…。」
「伊地知さん合コン行ったことあんの!?」
「え、いえ…!行ったことはありませんが、在学中に五条さんと夏油さんのおふざけに巻き込まれたことがありまして…。」
「あ〜!あったあった、懐かしい!」
「なにそれ、凄い気になる!理玖さん教えて!」
「うんとねぇ、伊地知君が入学して割とすぐ、合コンと称した親睦会したの。女子は私と硝子の2人だけね。ウケるでしょ。男子何人いたと思う?」
「え、っと…、五条先生と夏油先生と、ナナミンと灰原さんと、伊地知さん?」
「そ!」
「5対2って、対比おかしいでしょ。」
「そう思うでしょ?ところがどっこい、硝子まで男側に座ったわけ。6対1だよ、6対1。合コンとは?!」
「ハハハッ!」
「それ、ただの理玖さんの取り合いじゃないですか。」
「学生の頃から今みたいな取り合いを…?」
「それに伊地知さんが参戦してたのもびっくり…。」
「いえいえ、私は流石にそんな勇気はありませんでしたよ。それに、なぜか伏黒さんも参戦されたんですよね。」
「マジかあのクソ親父…。」
「あったあった!なんかもう面接みたいだったね。好きなタイプは?とか好きな食べ物は?とか。いやいや私に聞くんかーい!みたいな。伊地知君の親睦会なのに私に聞いてどうすんねん!と。」
「五条先生と夏油先生と伏黒先生がいたなら間違いなくカオスだろうなぁ…。」
「まともなの、七海さんと灰原さんと伊地知さんと硝子さんしかいないじゃない!」
「あの頃はめちゃくちゃ楽しかったなぁ〜。勿論、任務もあったからクソ忙しかったけどね?今よりはマシだったかも…。」
「そうですね…年々呪霊の発生率が増えている傾向にありますから…。」
「でもさでもさ、特級が5人も日本にいるんだし、俺らもまだまだ強くなるから大丈夫だって!」
「…んふふっ、そうだねぇ〜。期待してるよ、子供達。」
そう言って微笑ましそうに1年生を見つめた廻神さんは、ポンッと閃いたように両手を打ち合わせました。
「伊地知君、子供達の任務ってもう終わったの?」
「いえ、今日はもう1件ある予定です。」
「なるほど…。荒井さん、私の任務あと何件でしたっけ?」
「廻神さんはあと4件あります。」
「ぶゎ、マジか。全く人使い荒いよねぇ〜。まあいいや!とりあえず…、」
「「「「「「?」」」」」」
廻神さんは頬杖をついて、なにかを考えるように視線を座卓に落としました。またなにか考え事をしている様子なので、皆で不思議そうに彼女の次の言葉を待ちます。
「理玖姉?」
「んー、ちょっと考え事。まあいいや、うん。OK!」
「なにがOKなんですか。」
「ご飯食べたら皆で遊びに行かない?カラオケとか!」
「カラオケ!?」
「マジぃ!?」
「で、でも、任務は…、」
「大丈夫、先生が全部済ませました☆」
そう言ってダブルピースをした廻神さんに、1年生はぱちくりと瞬きをして各々感激したように廻神さんの名前を呼びました。恐らく、廻神さんの術式で子供達の任務を片付けたのでしょう。ですが、廻神さんの分の任務は…。と心配する私の心情を悟ったのか、廻神さんは私にグッとサムズアップ。
「大丈夫、私の分の任務も半分やったんで!時間が経ったら残りもやりまーす!」
「で、では、報告書はどうすれば…。」
「それは全部私が書くから無問題!あ、カラオケは伊地知君と荒井さんも強制参加ね!1年生揃ってから何もやってなかったし、歓迎会&懇親会ってことで!」
「イエーイ!」
「理玖さんマジ神〜!」
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、先生に任せて!若人は青春を楽しみなさい!」
「ありがとうございます、理玖さん…!」
「いいってことよ!あ、ただ1つだけ約束ね。三銃士には絶対に知られないように秘密にして。私と遊びに行ったって知ったら、体術の鍛錬で扱かれるだろうから…。」
「「「気を付けます…!」」」
「一番気を付けるべきは虎杖だろ。」
「俺ぇ!?」
「確かに。アンタ嘘下手じゃない。」
「言われてみれば…。」
「だ、だからってなんで俺だけぇ!?」
「宿儺も、内緒にしてくれないと知らないから。」
「…フン、」
「そうよ!宿儺が勝手に喋ったらアウトじゃない!虎杖!宿儺に喋らせたらテメェの口縫い付けてやるから!」
「なんで俺ぇ!?」
「ふふふっ、皆元気でよろしい!」
「お待たせいたしました〜!」
注文した品が届いて、私達はうどんで腹ごしらえをしました。支払いは廻神さんが払うと言って聞かないので、皆でお言葉に甘えることに。近くで大きめのカラオケ店に予約の電話を入れると、それぞれ車に乗り込んで、カラオケ店に向かいました。子供達と楽しそうに歌って盛り上がる廻神さんに、私も伊地知君も微笑ましく彼らの様子を眺め、向けられたマイクに慌てながら歌い、久し振りに仕事を忘れて楽しめた気がします。カラオケも廻神さんが奢ってくださって、帰り際の1年生はとても清々しい顔をしていました。私と伊地知君も微笑ましさに癒されて、日々のストレスを忘れることができました。帰りの車内では廻神さんが1年生とご自分の任務の報告書を、タブレットに黙々と打ち込んでいるようで、私はそれを邪魔しないように静かに車を走らせました。廻神理玖さん。神の子と呼ばれる彼女は特級術師でありながら、高専で教鞭をふるう教師であり、呪術界にとってとても重要な人物です。そしてこのお話は、一補助監督である私が見た、ほんの一部の彼女の日常です。彼女の周りには笑顔が絶えない気がします。彼女がいなければ、私はここにいなかったでしょう。勿論、私以外の誰かも、知らぬ間に彼女に救われている事でしょう。彼女の存在が呪術界にとっても重要であるからこそ、彼女にしか知り得ない苦労もあるかと思います。廻神さんに命を救われた身として、私はできうる限りのサポートをできればと思い、今日も仕事に励むのです。
「廻神さん、高専に着きました。」
「ありがとうございます、荒井さん。」
「こちらこそ、お疲れ様です。そしてありがとうございます、廻神さん。」
「ん?どういたしまして…?どしたの荒井さん?」
「いいえ、なんでもないですよ。」