彼が、いない
***
「……」
ああ、もういやだ。
顔を合わせづらい。
そうは思っても、結局学校には行かなければならなくて。
昨日は休日だったのでとりあえず身体が動くようになるまで俊介の家にいさせてもらって、帰ろうとしたらやっぱり遊んでいこうと五郎くんに言われてそのまま二日連続で泊まらせてもらうことになった。
「今日の朝言ったこと、覚えてるな?」
真剣な表情でぽんと頭を叩かれて、頷く。
わかってる。
自分でも、わかってる。
それをできることなら、とっくにできていたということも、したほうがいいこともわかっている。
もしも蒼に会ったらどうしようと迷う俺に、「俺は簡単にしか聞いてないから強くは言えないけど、もしもお前が昨日されたことで本当に一之瀬のこと嫌いだと思ったり、近寄りたくないと思ったら、容赦なく切り捨てろ。そのくらいは、してもいいと思う。」と俊介は言った。
(…本当なら、昨日のことは嫌だった。本当に、嫌だった)
それと蒼が俺を嫌いだったという事実。
どっちの方が嫌だったかと言われれば、……正直よくわからない。
「…(なんで、こんなに胸が痛いんだろう)」
そしてまだ少し痛む腰をおさえながら、昼放課になって蒼の教室に向かってみる。
俊介は「一緒に行こうか?」って言ってくれたけど、そこまで迷惑はかけられないから断った。
蒼と会ったら、なんてことは考えなかった。たとえ考えてもどうすればいいかわからないし、昨日みたいに冷たい表情で無視されたら、多分泣いてしまうかもしれない。
だから会わずに、こっそり盗み見ることで、蒼がどうしているのか。
それだけでも知りたかった。
教室を覗きこんで視線を動かす。
「…い、ない…?」
教室を見渡して蒼の姿を探してもどこにもいない。
「ああ、柊君。ひさしぶり」
廊下側の席の、いつも蒼を呼んでくれる生徒がきょろきょろする俺に気づいて挨拶をしてくれる。
優しい。
「あの、蒼は、いますか」
まだやっぱりそこまで話慣れていない人には話しづらくて、変な話し方になりながら声をかけると、その生徒は首を横に振った。
「一之瀬君なら今日休みだよー」
「やすみ…?」
おうむ返しに繰り返す俺の言葉にうんと頷くのを見て、とりあえずお礼を言った。
その子が言うには「体調不良で欠席」らしい。
蒼が、休んだ…?
滅多に学校を休まないのに。
まさかとは思うけど、あのことが影響しているのだろうか。
それとも、本当にただの風邪?
考えてもわからないので、悩みながらとりあえずそんな感じで一日は終わった。
どこかで、顔を見なくて済んだとほっとしてる自分もいて。
結局自分はどうしたいのか、それすらもわからなかった。
――――
彼が、いない。
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