ひとり

ないはずものがあることに戸惑って首を横に振れば、彼は少し笑って「とりあえず中、めくってみて」と俺に促した。


「…?」


首を傾げて疑問に思いながら、躊躇いがちにそれを受け取って、ぱらぱらと数枚めくった。
めくることに、なんの意味があるかさっぱりわからない。
たとえ、口座なんかあっても一円だって入ってるはずなんかないのに。


「…え?」

「それ、真冬くんが自由に使えるお金。多分、一生遊んで暮らせると思う」


記入されている最後のページを見て、呆気にとられる。
通帳の最後の記入場所には、数え切れないほどの0の桁があった。
桁数が、前に見た”あの人”の通帳の何倍もある。
俺が、一生かけても稼げないだろうほどのお金。
通帳を持つ手が震えた。


「なんで、こんなに…」


嬉しいなんて感情より、困惑と戸惑いの気持ちの方が強い。
真っ青になって震える俺に、彼は苦笑した。


「心配しなくても、ちゃんとした正当なお金だよ。多分、いつかこうなると思って、蒼が真冬くんのために貯めておいたんだと思う。」


眩暈がしそうになる。
蒼が俺のためにって言葉にも。

現実ではありえないこの金額にも、それを普通のことのようにさらりと言ってのける彼にも。



「それと、蒼からの伝言もある」

「…っ」


その言葉に、びくっと身体が震えた。
何を言われるのかと、身体が緊張する。

でも、その伝言は。

…気が抜けるほど、蒼らしいと言えば蒼らしい伝言だった。



「”これからもずっと、まーくんの幸せだけを願ってる”って言っておいてほしいって」



彼は、いつか、蒼がくれたネックレスを俺に渡して微笑む。
壊れたはずなのに、チェーンの部分も元通りにしてくれたらしい。
鈍く光を放っていた。

”うさぎと月の組み合わせは、幸運を運んできてくれるんだって”

あの時の蒼の笑顔が脳裏に浮かぶ。


「…っ、」


胸が抉られたような感覚に、言葉がでない。


「そんなこと、自分の口で伝えればいいのにね」と小さく続ける彼の寂しそうな表情に、最後に見た蒼の顔が重なって。


その伝言された言葉に、今度こそ、俺は涙をこらえることができなくて、ネックレスを握りしめて小さな子供のように泣き叫んだ。

嗚呼、こんなことするってことは、本当に彼は俺に別れを告げたんだと、もう会うつもりはなかったのだと……自覚してしまった。

――――――――――

そんなに俺の幸せを考えてくれるなら、いっそ俺を殺したって傍にいてくれたらよかったのに。
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