14

「…それで、」


彼方さんの声に、身体が緊張する。


「それで、俺が引き取られた1年後、本家にいた母が亡くなったって話を聞いて、その時初めて本家に行くことが許された。俺は母のことも悲しんでたけど、…それよりも…蒼のほうが大丈夫か心配だった。その反面、久しぶりに蒼に会えるのが楽しみで、きっと蒼も前みたいに俺に会って、喜んでくれると思ってた。」


「…でも…俺の考えが甘かったんだって、蒼に会って初めて本当の意味で気づいた」と小さく続けて、彼は自嘲気味な笑みを浮かべて、それから不意に、「本当に、ばかだった」と泣きそうな顔をした。



彼方さんが悪いわけじゃない。
彼方さんだって子どもだったんだから、どうしようもできないことだってある。
それが特に血のつながった父親相手なら、尚更だ。
彼の顔がくしゃりと歪む。



「『…誰?』って言われたんだ」

「…え?」



唐突な言葉に、目を瞬く。
誰に、って一瞬考えて、ふと思いつく。


(誰に…って、)

そんなの一人しかいないじゃないか。

彼方さんは酷く泣きそうな顔で、手で顔を覆って「はは…っ」と乾いた笑いを零した。



「蒼に声をかけたら、そういわれたんだ。まるで俺を、初めて会った人間みたいに。本当に俺を見たことないような表情だった。その時に会った蒼は人が変わったようになってて…、別人みたいだった」

「別人って、やっぱり蒼は…」


その時のことを思い出しているのか、彼方さんの辛そうな表情に、こっちまでその時のことを想像して心臓がきゅうと握られたような感覚にとらわれる。



”教育”


それが、蒼を変えてしまったのか。


1年で、しかも小学4年生だった蒼をそこまで変えてしまうものってなんだったんだろう。



「…俺には、蒼に何があったかわからない。でも、俺がいくら話しかけても返事もしてくれなくなった。冷たい目で俺を見るだけだった。その時に、ああ、俺は蒼を守り切れなくて…傍にいなかったせいで、俺が一緒に支えられなかったから蒼が壊れてしまったんだって思った」

「……」

「……父に反対してでも、傍にいればよかったと思った」


彼方さんの顔には、悔いても悔いきれないという後悔の念が渦巻いているように見える。
何か、言葉をかけてあげられたらいいんだけど、…俺には何も言えない。


もし、彼方さんがそこにいたからといって蒼が酷い目に遭わなかったとは限らない。
それどころか彼方さんがいれば、蒼だけじゃなく、彼方さんも、もっと嫌な目に遭っていたんだろう。
確かに、彼方さんがいれば、蒼も安らげる場所があって、状況を悪化させずに、もっと蒼を苦しめずに済んだかもしれない。


(…でも、考えてもどうにもならない)



…結局想像の範囲を超えないし、過去の仮定をどれほど考えても、後悔しても過去を変えることなんかできないんだから。


「ショックを受けたけど、少しすれば俺のことを思い出して名前を呼んでくれた。…でも、それも確かめる感じで、俺の記憶をほとんど覚えていなかったみたいで…もう、元の関係には戻らなかった」

「…覚えてなかったって、」

「…それでも、時々蒼には会ってた。…一方的に話しかけてただけなんだけどね。蒼が跡を継ぐから俺は本家に必要ないってことで、もう何年も父には会ってないし、監視もない。だから、こうして自由にしていられるんだ。」


彼方さんの話に、小さく頷く。
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