17

しばらくして咳き込む音がやんでも、居たたまれなくて俯いたまま小さく謝る。



「…ごめん。…その、寝ぼけて、」

「うん…!いーのだ…!おれはへーき!」



こんな言い訳通じないだろうと思ったけど、真冬はへらっと微笑んで「全然だいじょーぶ!」と首をぶんぶん横に振った。
「それより、元気になったみたいでよかった」と安堵したような表情に、胸が少し痛む。


そしてあろうことか軽く床に座ったままぺたぺたと地面に手をついて近づいてくる。
首あたりの服がぐしゃぐしゃになっているせいで、手を床につくと服がだらんと下がって胸元まで見える。


「…なんで寄ってくんの」と若干困惑しながらさらに近づいた距離の分遠ざかると、きょとんと首を傾げて不意に眉をさげた。

「……くーくん、おれのこときらいになった?」なんて検討違いも甚だしい台詞を吐いて、わけがわからないという顔をする。


…わけがわからないのはこっちだと言いたい。
今寝ぼけて自分を殺そうとした人間にそんな無防備に近づいてくるなんて警戒心が足りなすぎる。おかしい。

…追い出されたって何も言えないぐらい酷いことをしたのはこっちのほうなのに。


「……?くーくん?」

「……俺のこと、怖くないの?」

「…?なるわけないよ。おれ、もっとくーくんといっしょにいたいもん…!」


…だからなんで俺のことなんか何も知らないくせに、そうやって一緒にいたいとか言えるんだ。


嫌われたと思っているのかしょぼんとした顔で俯き加減に上目遣いで窺うように見上げてくる。
戸惑いながら問いかけても全く動じずにあどげない笑顔でにへらーっと笑う真冬に、困惑とは別の感情が湧き上がってくる。


一気に冷える感情に自然と口端が上がる。
苛立ちにも似た感情を持て余しながら、冷たく相手を見据えた。


「そんなに俺が良い人間に見える?」

「うん!みえる!くーくんはいいこ!」


力強くコクコクと頷く真冬に眉が寄る。


「…そ、それに、その、えっと、…おれ、くーくんのことだいすき、だから、ずっといっしょにいたい…です」


ちょっと照れたように頬を染めてそんなことを言う真冬に、ふ、と瞳がさらに冷たくなって細められるのが自分でもわかる。

胸の中で生じた感情がぐちゃぐちゃになって増幅していく。
何もしらないくせに。


「……」

「…?くーくん、どうしたの?なにかいやなゆめでもみたの?」


頭を撫でようとしたのか、にへらーっと笑いながら昨日と同じように髪に伸ばしてくる真冬の手首を掴む。
細くてやわらかい感触。
少しでも力を入れればすぐにでも折れてしまいそうに思えるほど、細い。


「…くーくん?」

「…――真冬は、もうちょっと警戒した方がいいと思うよ」

「…え?…っ、」


さっきみたいにもう一度その身体を床に押し倒す。

自分がなんでこんな些細な、他の人間だったら対して気にもしないだろうと思えるほど小さな真冬のひとつひとつの言動で感情が揺さぶられるのかわからない。

…熱が出た後遺症かもしれないけど、まだ変な感じで、

今まで味わったことのない感覚は酷く不快だった。

今度は寝ぼけてるわけじゃない。
ふざけてるわけでもない。

……本気で、どうにかしてやろうと思った。
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