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うわ。見つかってしまった。
…いや、でも気づいてもらえてよかったのかな。この場合。
「ああ、橘くん。こんばんは」
その綺麗な顔をふわりと緩ませて、何事もなかったかのようにいつも通りに微笑む小鳥遊さんに苦笑いしつつ頭を下げた。
(いや、この状況でこんばんはって挨拶もどうなんだと思うけど)
すこしぐらい動じてもいいんじゃないかと思ったりする。
…というか、動じろ。
(…自分がこんな場面見られたら顔も上げられなくなりそうなのに)
相手の男の人も気まずそうにお辞儀してくるから、早くこの場を離れようなんて足を進めながらぺこりとお辞儀し返した。
(……ああ、もう)
余計なことに時間をとられてしまった。
項垂れたいようなそんな気分に駆られながら、鍵を鍵穴にさしてさっさと部屋に戻ることにした。
バタンとドアをしめ、二人の姿が見えなくなったことで、ようやく安堵する。
「…疲れた…」
普段の数倍以上の疲労感が一気に押し寄せてきた。
ふっと息をついて、見慣れた部屋を見る。
電気をぱちりとつけ鞄を床に置き、作り置きしていたご飯をレンジでチンする。
やっぱり、作り置きしておいてよかった。
あの光景を見た後でいつも通りに「ご飯作るぞ」なんて意気込めなかっただろうからな。
「…あったかい…」
ポトフを一口食べて、ホッと息を吐いた。
うまい。
さすが俺、うまくできてる。
なんて、自画自賛してみても
…何も反応のないこの部屋ではさみしいだけだ。うう、つらい…。
そうして、一息ついたところで、教科書を広げて机に向かう。
「……」
これで安心して勉強できると思った俺が馬鹿だった。
夜中の間ずっと隣の部屋から、薄い壁越しに「はる…っ、はるぅ…っ」なんて喘ぎ声が漏れてきて
さらにその声が男だと思うと、余計に寝られなくなったのは言うまでもない。
こんなわけで、小鳥遊さんは(あいさつを抜きにした)第一印象から最悪だったのである。
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