B

「まーくん、」と呼ぶと、びく、と肩を震わせる。


「俺に嫉妬させたくて、わざとそんなことしてるの?」

「っ、え、な、なんか、してたっけ……?」

「……せっかく二人っきりなんだから、床ばっかりみないで」


至近距離で見つめ合って拗ねたようにそう呟けば、「〜〜っ」色々と耐えられなくなってきたらしく、震える睫毛でぎゅっと瞼を閉じて顔をそらして逃げようとする。


(……ほんと、)

「かーわい、」


茹でだこみたいに更に顔を赤くするその愛しい姿に、ふ、と笑みを零して、もう一度唇を重ねた。

今まで通り、きっとこの幸せが永遠に続くと疑いもせずに、恥ずかしがって涙さえ浮かべるまーくんを抱き締めて、心からの笑顔を浮かべた。


………………………………………………………………

重い瞼を持ち上げる。
暗い部屋の隅で、壁に背を預けたまま、光さえ見えない夜空を見上げた。


「…………なーんて、あるわけないんだけど」


無意識に自嘲の色を帯びる声音に、小さく笑う。
怠く伏せていた瞳を、ベッドの上に向けた。

そこに見える、痛々しいくらいに泣き腫らした瞼を閉じて眠っているお姫様の姿。

しかも、さっき見た光景とは違って、鎖で繋がれていた。

現実のまーくんは幸せそうに笑わないし、どれだけ俺が望んでも、自分から近寄ってくることもない。


(……結局、夢は夢でしかない)


そう心の中で呟き、ベッドの端に腰かける。ギシリ、と体重が加わったことで音が鳴った。


「なぁ、まーくん」


当然ながら、呼びかけた声に対する答えが返ってくるはずもない。
あまりにも夢と違う現実に、いっそのこと泣き叫んでしまいたくなる。


「………」


俯いて、震える唇を結ぶ。


そうして

…好きだよ、なんて意味のない言葉を吐いて、眠り姫の額にそっと唇で口づけた。


【これは、彼が見た儚い夢のお話】


…あり得たかもしれない生活。
でも、そんな優しい世界は彼等には訪れなかった。
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