知らない人
――…泣きそうな、顔。
ぼんやりと、見上げながらそう思う。
けど、きっと今、彼にそういう表情をさせたのはオレだ。
「…すみません」
上辺だけの謝罪をして、視線を逸らす。
唇をそっと嚙んでみると痛かった。
自分が横たわっているシーツに、触れる。目に映るものの実態はちゃんとある。声も耳の奥まで届いている。
「…っ、何も、覚えてない…?」
「はい」
形の良い薄い唇が、先ほどのオレの言葉をなぞる。
見た瞬間、わかった。
さっき看護師さん達が興奮したようにこそこそっと話していたのは、この人のことなんだろう。
”愛よね。意識が戻るまで、毎日欠かさずに会いに来てずっと手を握ってるなんて。”
”しかもびっくりするぐらいの超絶イケメンなんだから、私だったら絶対好きになっちゃう。”
やけに、浮足立っているとは思った。
ぼうっとその時のことを思い出し、まだ温度と感触の残っている手を遠くに感じる。
「嘘、だろ…?」
彼が、ふわりと笑みを零した。
怖がっているような微笑を浮かべ、震える声が問いかけてくる。
[back][TOP]栞を挟む