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もし万が一誰かに聞こえでもしたらどうするんだ。
(ここは教室で、そもそもそういう言葉を気安く口にするなといつもあれほど、)
「…っ、(ああもう、思い出した、)」
自然と先程呟かれた言葉に連想させられてしまった行為に、頬が熱を上げる。
確実に狙い通りの反応を示してしまったオレを見下ろすさっくんが機嫌を良くしたのがわかり、隠そうとしたけど遅かった。
「さ、咲人様!音海君と仲直りしたんですね」
「はい」
少し表情の柔らかくなったさっくんに、今が話しかける好機だと踏んだのかクラスの女子が話しかけるが、以前常備していた優しい笑みはない。
淡々とした返答のみが返され、そんな素っ気ないさっくんの態度に一瞬シン…と静まった空気が、すぐざわついた。
「…っ、う、」
本当に、約束を守っているらしい。
オレの心境に反して、さっくんの楽しそうに細められた目と合い怯む。
『今日は機嫌が悪いのか』『雨宮先生どうしたんだ?』とこそこそ聞こえる声に、罪悪感で死にそうになる。
まさか目の前でこんな風に見ることになるとは思ってなかった。
周りの動揺が全て自分のあの軽々しい命令のせいだと思うとどうしたらいいかわからなくなる。
逃げ場を探して視線をさまよわせる。
…すると、
ドアの方に、…今日、ある意味一番待っていたと言っても過言ではない人物がいるのが見えた。
「…(…桃井、…っ、)」
なんでこの状況で、このタイミングで登校してくるんだ…!!
明らかな教室の騒めきに奇妙な顔をし、…騒ぎの中心であるこちらに目を向け、
…それに気づいた瞬間、まずい、と顔を別方向に向けた。
「…っ、だめだ…!!」
せめてさっくんがいなければ、とすぐ目の前にいた人物を見上げれば、
オレが見ていた方向に視線を向けようとしていたから、焦って大きな声を出してしまう。
(さっくんに、桃井を見てほしくない)
汚い独占欲が、じわじわと広がるように胸を占領し、苦しくなる。
「とりあえず、こっちに、」
その手を掴み、有無も言わさず引っ張った。
抵抗される気配はない。
色んな事態が積み重なってパニック状態だけど、それでもさっくんを桃井と会わせることだけはしたくなかった。
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