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一瞬で氷を浴びせられたような恐怖に身を竦め、…後ろを振り返る。

拘束を解こうとする前に、呆気ないほど簡単に離れていった。


「…な、何しにきたんだよ」

「……」

「……っ、」


言葉もないまま、ただ見下ろされる。

家とは違う。白衣を羽織っている。
ほとんど保健室にいるから、教室では見慣れない姿。

『先生』の時のさっくんだ。

”夏空様”

…耳に残る熱。
余程オレに苛立ってたり揶揄ったりする時以外は、”音海くん”って呼ぶのに。

(なんで、そんなに怒ってるんだ)

いつもと違う…優しいように見えて冷たい視線は、その場の空気を異様に下げる。

さっくんが来れば我先にと話しかける人も、今は何もしない。
家では執事だけど、それでも学校では抱き締めることなんてないさっくんの行為に、教室も静まり返っていた。

困惑したまま何気なくドアの方に目を向けて、…感情が濁る。
…さっくんにいつも付きまとってる別クラスの女子達。

オレが休んでいた間、さっくんも有休を取っていた。
今日久々に来てると知って大方すぐにでも会いに行ったんだろう。

今まで保健室で女子達と一緒にいちゃいちゃしていたのかと思うと、その光景を想像して心臓が暗く握りこまれる。


「授業、始まるから、」


開始までまだ少しくらいなら余裕はある。
けど、色々な不意打ちに驚き慌て困惑する感情を隠すために体の良い言い訳を吐いた。

せんせーも早く戻れ、とさっきまで教科書の準備なんてせずに別のことに時間を費やしていたことを棚に上げつつ言外に伝え、その居たたまれない状況から逃げる。

…と、

腕を掴まれ、少し腰を屈めたさっくんの整った顔が寄せられた。
耳朶に触れた唇から零れる吐息が鼓膜を震わせ、


「俺とあんなにシたのに、もう浮気なさるおつもりですか?」

「…っ、!!な」


オレにだけ聞こえるように囁かれた台詞に、喉が干上がった。
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