3
……あの夜ではない。
私たちが結ばれたあの日には、確かになかったのに。
つまり、他の人間に傷つけられるほどの期間は開いていなくて。
しかも音海が嘘をついてないって考えたら、
……もしかして、と生じる可能性。
懐疑し、…震える唇を開いた。
「…まさか、咲人、が………自分でやった、の…?」
口から出した言葉に、ばかげた問いだと少し笑ってしまう。
するはずがない、ありえないと思う感情が露骨に顔に出ているのを私自身自覚していた。
けれど、
否定はされない。
いないものを扱うような態度が、……決してこちらを向くことがなく逸らされたままの視線が、暗に答えを示していた。
ただの思い付きだった疑惑が確信に変わり、零れる非難。
「ねぇ、どうして…?何故…?」
どんな女だって自分のものに、男にしたがる。
喉から手が出るほど、何を代償にしても欲しいと願われる容姿だというのに。
恵まれすぎている身体を無意味に傷をつけ、それを私のせいにして、何の意味が…
「貴方にその理由を言う必要がありますか」
「…っ、」
心の芯まで凍るような…温度のない声に、泣きたくなる。
美しい顔には何の感情もない。
冷たい表情で、私を一瞥する。
その仕草に足が竦み、彼の身体に触れていた手を勝手に離してしまう。
右足が、勝手に後ろに下がり、言葉を失った。
咲人は、そんな私に優しい言葉をかけることもなく、何事もなかったかのように立ち去ろうとする。
私のことを一度も、振り返ろうとしない。
傍にいるのに。
手を伸ばせば、触れられる、抱きしめてもらえる距離にいるのに。
……こんなに、こんなにも全身で、私は咲人を求めてるのに。
「待…っ、」
引き留める声が、漏れる。
恐怖に身を引いたのは一瞬だけで、すぐに酷い、と裏切られた感情で憤りに染まった。
さっき、なんて言ってた…?
……私に理由を言う必要がない……?
何度触れても口づけても飽き足らない、愛しの咲人の身体に酷い傷跡が残っている。
許せない。
それだけでも許せない、怒りを堪えられないのに、
それを私がしたってあんなふうに言われて、…それなのに、私にその理由を言う必要がないって…?
激しい屈辱と怒りのまま追いつき、腕を掴んだ。
「あるに決まってるでしょ…っ、!音海に、好き勝手に言われて、何もしてないのに、私は……、…っ、」
続けようとした言葉が、声が喉に詰まる。
私を見下ろす目に、何の感情もない。
私が侮辱を受けたということなんてどうでもいいみたいに。
悲しむ私の気持ちなんて最初からどうでもいいとでも言うように、
「……そうだ、!ねぇ、もしかして私のことが好きだから、だから気を引きたくてしたんでしょ?」
「……」
口に出してから、これだ、と思った。
そうだ。
そうとしか思えない。
私の気を引きたいから、私に自分をみてほしいから、彼は嘘をついたんだ。
だって、そうでなければおかしい。
咲人の運命の人が私で、私の運命の人は咲人なんだから。
……やっと、あの夜に想いが通じ合ったんだから。
「条件付きで、今なら許してあげてもいいかもね」
スーパーだとか、人の目があるとか今更気にもならなかった。
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