(不思議なこの夜が明けたら)

秀くんの誕生日ということで、今日は秀を連れてミュンヘンに行くことにした。米屋達とは昨日祝ったし、ボーダーの休暇も取った。パスポートの期限も切れてないし、ビザも必要ない。

ミュンヘンには私の父方の実家がある。その関係で何度か同行してはいるが…こういう時の彼は、まだ私がいないとどうにもならないようだ。

「パスポート盗られないように気をつけなさいよ?日本のって特に盗られやすいんだからね?」
「ああ、わかってる、」

飛行機が離陸した今が、日本の時間で12時半。ミュンヘンに着いた頃には、向こうは17時20分くらいだろう。ちなみに今の時期はまだ夏時間だ。

「寝てもいいのよ?着いた時に寝られても困るし」
「…そうする、」
「目が覚めたら…そうね、これでもいかが?」

そう言って私はゲベック――ドイツ式クッキーを渡す。結局私も寝てしまって、起きたのは着く1時間前だった。

***

ミュンヘン空港に着陸したので、飛行機を降りる。
17時20分、予定通り。まずは荷物を持って、予約したホテルへと向かう。
フロントに荷物を預けたあと、少し観光したのち行きつけの日本食の店に行く。ここなら、ざる蕎麦も刺身も出るのである意味安心である。
…ざる蕎麦にドイツビールは流石に合わないと思うが。

夕食を終えたら、ホテルへと戻る。
中世ヨーロッパをイメージしたらしいそこは常識的な観点から見ると少し高いのかもしれないが、そこはボーダーの給料に物を言わせることにした。
もちろん部屋は別だ、隣ではあるが。

あらかじめフロントに頼んでおいた、カットが入ったシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ――世間ではフォレノワールと呼ぶらしい――に蝋燭を立てて、火を灯す。
それを秀くんは黙って吹き消した。

「はい、誕生日おめでとう!」
「…ありがとう、」

蝋燭を抜いて、皿に載せる。
冷蔵庫にはわざわざスタッフさんが気を利かせてくれたのだろう、蒸留酒であるキルシュヴァッサーが入っていた。18歳をとうに過ぎた私達には、蒸留酒はもう解禁されている。
確かこれのアルコール度数は40度だったような…。

「何か入っていたのか?」
「キルシュヴァッサー、さっきのケーキにも入っていた酒ね。…これ、かなり強い蒸留酒だけど大丈夫?」
「問題ない、」
「そう?…はい。何かあったら必ず言うのよ」

グラスに注いで、片方を渡す。
私はそこそこアルコールに強いが、秀くんはあまり強くないらしい。

秀くんは受け取って頷いたのち、黙って飲み下す。

「また黙ってするのね、」

あとは酔わせないように適当なところで止めるだけ、そう思っていた。

けれど、案の定酔いが回ってしまったようだ。

「早織、その…写真撮っていいだろうか?」

普段はそういうことは言わないはず、なのに。
正直、酔いの回った秀くんを見たことはない。そこまで普段から飲んでいるわけでもないし、そこまで行く前に私が止めているからというのもある。

――そう来るのか。

「…はあ?別にいいけど何するのよ?」
「留めておきたいんだが…なあ、」
「どういう意味よそれ…貴方そういう趣味だったの?モデルだったらA級にもB級にもいい子がいるでしょう?」
「早織がいい。…邪魔はしないから、」
「…そうね、それなら良しとしましょう。こういうホテルじゃないと撮れないのもあるだろうし」

まあ、願いひとつは聞いてもいいか…なんて。

座ってキルシュヴァッサーを飲む私に、ケーキに端からフォークを入れる私に、秀はレンズを向けてはシャッターを切っていく。

「お前はこういう場所がどうしようもなく似合うんだな、」

――それは今私がゴシック系統の服を着ているからだろうか。
互いが着たい、というよりは互いに着せたい服の趣味は大体似ている。いつも私が着るのはゴシック系統。秀くんはそれを着た私が好きだとか。
突っ込まないのか、と聞かれるかもしれないが、私もきっちりした服を着せるのが好きなので何も言えない。

「そう?」
「ああ、別に他意はない」
「そう。…気が済んだら自分の部屋に行きなさい。私が片付けておくから」
「ありがとう、…おやすみ、」

ぱたん、と扉が閉まったら、この時間はとりあえずおしまい。

 


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