Gewuerz, das dich verrueckt macht.
(君を狂わせるスパイス)
朝。
秀くんが、私の家にいる。
「早かったわね。わざわざ来てくれてありがとう、」
「どうせ現地で落ち合うのなら、家に来てその分長く過ごしたほうがいい」
今現在三門市ではオクトーバーフェストが開催されており、私と彼の予定が両方空いている日がたまたま今日だということで、今日に行くことにしたのだ。トリオン兵が攻めてきてもいいように、トリガーも持参の上で。
ずっと前からそこにディアンドルを着て行きたくて、事前に相談した。流石に何も知らない秀くんに手伝わせるわけにはいかないだろうとも思ったが、ボディスが紐で締め上げるタイプだったので紐だけ締めてくれるかと冗談のつもりで頼んでみれば快く受け入れてれたのだ。
「ねえ、」
襟を深く刳ったブラウスを着て、踝までを覆う無地のスカートを履き、浅青色のエプロンの紐を前面左で結んだところで彼を呼ぶ。
黒いボディスが、白いブラウスを中途半端に覆っている。
秀くんは私と向き合い、紐を締め上げる。
きつくない程度のところで目で合図すれば止めてくれた。
「…このくらいか?」
「ええ、そのまま蝶結びにしてくれると有難いわ」
「わかった、」
そう言って黒い紐を結ぶ、指が。
拳銃の引き金にかける、弧月を鞘から出す、その手と同じ手指とは思えないくらいに繊細で。
どうしようもなく、見とれてしまう。
「結び終えたぞ。……早織、どうかしたのか?」
どこか遠くで聞こえた彼の声。
その声で、波が引くかのように平常心に引き戻される。
「いっ……いえ、なんでもないわ」
「ならいい。……そろそろ行こうか?」
「ええ、そうしましょう」
先程まで紐を持っていた秀くんの手を、今度は私がとって。
――ふたり向かう先は、祝祭。
***
本来オクトーバーフェストはビールやワインを飲む祭りなのだが、日本では私
達はまだ酒を飲めないので、酒が絡まない催し物を楽しむことにした。どうせもうあと2年すれば日本でだって酒が飲めるし、そもそも私は向こうにいた頃からあまりビールが得意ではなかったのでそれでもよかった。
ソーセージや照り焼きチキンを扱う屋台もあれば、三門市の交響楽団が来て演奏している野外ステージもある。
適当にそれらを見て回っていると、米屋と出水に出くわした。
「……陽介?」
「なんかちょっとこの辺が騒がしいから、行ってみようかと思って。いやー、まさか秀次がいるとは思わなかったわー」
「おい米屋、三輪は彼女とデート中なんだから迷惑かけんな!……三輪、俺らがいても邪魔になんねえ?」
「ならない。早織は?」
「構わないわ。皆で回ればいいじゃない」
「マジ?ごめんな、気ぃ遣わせちまって。おい槍バカ!お前も何か言え!」
「へーい。サンキューな、2人とも!」
こうして、米屋らとも一緒に回ることにした。
*
途中、秀くんが何か買いたいものがあるとのことで、私達から離れ1人で屋台に向かっていった。
しばらくそのまま待っていると、明らかに向こうの人間とわかる女性が彼の方に歩いてきた。会話の内容を聞くに、彼を口説き落とそうとしているようだ。
――まさか、秀くんに一目惚れでもしたのか。
「いいなー、秀次……あんな金髪美女に話しかけられるなんて」
「いいわけないでしょ!2人とも、しばらくそこで待ってて頂戴!」
「えっ……おい!どうするんだよ!」
「秀くんのところに行くの!」
しどろもどろになっている秀くんに、女性は一切退かずに向こうの言葉で話し続ける。私に対しての独占欲が強い方である彼が他の女性に振り向くような人ではないことは充分にわかっているが、それを見ているだけで苛立ってくる私がいるのだ。
もうすぐ大人になるのに、どうして私はこんなに大人気ないのだろう。
けれど。
――黙って見ていることは、どうしてもできなかった。
『……ねえ、ちょっと』
女性に声をかければ、その意味を把握したのかこちらに振り向いてくる。
『何かしら?』
『ごめんなさいね。この人、私の恋人なの』
『嘘……あの子の?』
『嘘じゃないわ、彼は私のよ。だから、触らないでくれるかしら』
そう言ってようやく理解したのか、彼女は私達から手を引いたようだ。
立ち去ったところで、米屋達のところに手を繋いで戻る。
「ありがとう。すぐ拒絶すればよかったんだが、向こうが何と言っているかわからなくてな。……ところで早織、さっきあの人に何と言っていた?」
「ああ、あれね。秀くんは私のものだから触らないで、って」
「なるほど。今度お前がナンパされた時は、俺も使ってみるか」
「あれをそのままだと、私が男性ってことになるわよ?」
意味をよく知らないまま男性扱いされては困るので、苦笑いしつつも一応フォローを入れる。
まあ、あれを彼が使うことはおそらくないだろうけれど。
「冗談だ。……それはさておき、早織」
「何かしら?」
「……お前でいっぱいにしてほしい。誰も入って来られないくらいに」
どうやら、彼は自分がナンパされる側になったことで私への独占欲が増したようだ。いや、独占されたい欲というべきだろうか。
どんな理屈でそうなったのかは私にはわからないが、私としても彼女に嫉妬していたのは確かなので、その要求を快く受け入れた。
「いいわ。……また、家に来てくれる?」
「……ああ」
***
米屋と出水と別れ、帰宅後。
着替える暇もないまま、2人してベッドになだれ込む。
朝には秀くんが結んだボディスの紐を、今度は彼の手で解いていく。
「早織、……早織」
「っ……秀、くん……?」
「……お前がいい。早織じゃなきゃだめなんだ、なあ……っ!」
浄化を、癒しを求めて秀くんは私に縋り付く。
いつも触れ合う時とどこか様子が違う彼に驚いてしまいつつも、受け入れる私。
いったい、何がこんなに彼を狂わせてしまったのだろう。
私が着たディアンドルか。
現地で秀くんに話しかけてきたあの女性か。
それとも、彼は私のものだという、私の言葉か。
なんだっていい。
今日はもうこのまま――ふたり、狂ったままでいよう。
←Zurueck/Naechster→
←Zurueck.朝。
秀くんが、私の家にいる。
「早かったわね。わざわざ来てくれてありがとう、」
「どうせ現地で落ち合うのなら、家に来てその分長く過ごしたほうがいい」
今現在三門市ではオクトーバーフェストが開催されており、私と彼の予定が両方空いている日がたまたま今日だということで、今日に行くことにしたのだ。トリオン兵が攻めてきてもいいように、トリガーも持参の上で。
ずっと前からそこにディアンドルを着て行きたくて、事前に相談した。流石に何も知らない秀くんに手伝わせるわけにはいかないだろうとも思ったが、ボディスが紐で締め上げるタイプだったので紐だけ締めてくれるかと冗談のつもりで頼んでみれば快く受け入れてれたのだ。
「ねえ、」
襟を深く刳ったブラウスを着て、踝までを覆う無地のスカートを履き、浅青色のエプロンの紐を前面左で結んだところで彼を呼ぶ。
黒いボディスが、白いブラウスを中途半端に覆っている。
秀くんは私と向き合い、紐を締め上げる。
きつくない程度のところで目で合図すれば止めてくれた。
「…このくらいか?」
「ええ、そのまま蝶結びにしてくれると有難いわ」
「わかった、」
そう言って黒い紐を結ぶ、指が。
拳銃の引き金にかける、弧月を鞘から出す、その手と同じ手指とは思えないくらいに繊細で。
どうしようもなく、見とれてしまう。
「結び終えたぞ。……早織、どうかしたのか?」
どこか遠くで聞こえた彼の声。
その声で、波が引くかのように平常心に引き戻される。
「いっ……いえ、なんでもないわ」
「ならいい。……そろそろ行こうか?」
「ええ、そうしましょう」
先程まで紐を持っていた秀くんの手を、今度は私がとって。
――ふたり向かう先は、祝祭。
***
本来オクトーバーフェストはビールやワインを飲む祭りなのだが、日本では私
達はまだ酒を飲めないので、酒が絡まない催し物を楽しむことにした。どうせもうあと2年すれば日本でだって酒が飲めるし、そもそも私は向こうにいた頃からあまりビールが得意ではなかったのでそれでもよかった。
ソーセージや照り焼きチキンを扱う屋台もあれば、三門市の交響楽団が来て演奏している野外ステージもある。
適当にそれらを見て回っていると、米屋と出水に出くわした。
「……陽介?」
「なんかちょっとこの辺が騒がしいから、行ってみようかと思って。いやー、まさか秀次がいるとは思わなかったわー」
「おい米屋、三輪は彼女とデート中なんだから迷惑かけんな!……三輪、俺らがいても邪魔になんねえ?」
「ならない。早織は?」
「構わないわ。皆で回ればいいじゃない」
「マジ?ごめんな、気ぃ遣わせちまって。おい槍バカ!お前も何か言え!」
「へーい。サンキューな、2人とも!」
こうして、米屋らとも一緒に回ることにした。
*
途中、秀くんが何か買いたいものがあるとのことで、私達から離れ1人で屋台に向かっていった。
しばらくそのまま待っていると、明らかに向こうの人間とわかる女性が彼の方に歩いてきた。会話の内容を聞くに、彼を口説き落とそうとしているようだ。
――まさか、秀くんに一目惚れでもしたのか。
「いいなー、秀次……あんな金髪美女に話しかけられるなんて」
「いいわけないでしょ!2人とも、しばらくそこで待ってて頂戴!」
「えっ……おい!どうするんだよ!」
「秀くんのところに行くの!」
しどろもどろになっている秀くんに、女性は一切退かずに向こうの言葉で話し続ける。私に対しての独占欲が強い方である彼が他の女性に振り向くような人ではないことは充分にわかっているが、それを見ているだけで苛立ってくる私がいるのだ。
もうすぐ大人になるのに、どうして私はこんなに大人気ないのだろう。
けれど。
――黙って見ていることは、どうしてもできなかった。
『……ねえ、ちょっと』
女性に声をかければ、その意味を把握したのかこちらに振り向いてくる。
『何かしら?』
『ごめんなさいね。この人、私の恋人なの』
『嘘……あの子の?』
『嘘じゃないわ、彼は私のよ。だから、触らないでくれるかしら』
そう言ってようやく理解したのか、彼女は私達から手を引いたようだ。
立ち去ったところで、米屋達のところに手を繋いで戻る。
「ありがとう。すぐ拒絶すればよかったんだが、向こうが何と言っているかわからなくてな。……ところで早織、さっきあの人に何と言っていた?」
「ああ、あれね。秀くんは私のものだから触らないで、って」
「なるほど。今度お前がナンパされた時は、俺も使ってみるか」
「あれをそのままだと、私が男性ってことになるわよ?」
意味をよく知らないまま男性扱いされては困るので、苦笑いしつつも一応フォローを入れる。
まあ、あれを彼が使うことはおそらくないだろうけれど。
「冗談だ。……それはさておき、早織」
「何かしら?」
「……お前でいっぱいにしてほしい。誰も入って来られないくらいに」
どうやら、彼は自分がナンパされる側になったことで私への独占欲が増したようだ。いや、独占されたい欲というべきだろうか。
どんな理屈でそうなったのかは私にはわからないが、私としても彼女に嫉妬していたのは確かなので、その要求を快く受け入れた。
「いいわ。……また、家に来てくれる?」
「……ああ」
***
米屋と出水と別れ、帰宅後。
着替える暇もないまま、2人してベッドになだれ込む。
朝には秀くんが結んだボディスの紐を、今度は彼の手で解いていく。
「早織、……早織」
「っ……秀、くん……?」
「……お前がいい。早織じゃなきゃだめなんだ、なあ……っ!」
浄化を、癒しを求めて秀くんは私に縋り付く。
いつも触れ合う時とどこか様子が違う彼に驚いてしまいつつも、受け入れる私。
いったい、何がこんなに彼を狂わせてしまったのだろう。
私が着たディアンドルか。
現地で秀くんに話しかけてきたあの女性か。
それとも、彼は私のものだという、私の言葉か。
なんだっていい。
今日はもうこのまま――ふたり、狂ったままでいよう。
←Zurueck/Naechster→