飴玉を噛み砕くみたいに


この学校では、近々中間テストがある。それに向けて私達教員も忙しくしていた。マークシート方式の機械採点とはいえ、忙しいことは変わらない。
ユウゴ先生達のような、他クラスの担任や副担任も交えて、テストの問題を確認する。

クラスはB組、V組、R組、私達が担当するF組。学年主任はいるけれど、1年何組、とかそういう学年ごとの担任はいない。そういう仕組みなので、私達が全学年分作らなければならない。
私のような一教科だけの担任と違い、ミネルヴァ先生は倫理だけを担当している訳では無いので、その分大変なのだろう。

「先生、お疲れですか…?」
「まあね。それでなんだけど、」
「はい…」
「協力、してくれる?」

何にだろう。
おそらく問題作成に関わることではないのだろうけれど。

「何に、ですか?」
「レイのことは知ってるでしょ?」

レイ君は、F組の生徒。無気力ではあるがクラス1の優等生で、度々満点を取る。
エマちゃんを始めとした他人に好かれることも多い彼は、何故か私に好意を向けているらしいのだが…

「彼…ですか?」
「うん、そう。あの子、君のこと好きでしょ?」
「…そうらしいですね」
「じゃあさ、…彼のこと、焚きつけてくれないかな?」

――そう来たか。
私が教わる立場だったら、ミネルヴァ先生に焚きつけられたらやる気が出るのだろうが。
それにしても、どうやって…

「…どうすれば、」
「君の好きなようにしていいよ、」

好きなようにしてと言われても、何もわからない。
とりあえず調べて、それをやってみるか――

「…できないかもしれません、」
「まあ、無理しなくて大丈夫だよ?」

そう言われるのはありがたい。けれど、やらないわけにもいかないだろう。
どの道、仕事が増えるんだ。――頑張らなくちゃ…

***

目が覚めたら、いつの間にかここに寝かされていた。
私の視界に、ミネルヴァ先生が映る。
「…大丈夫だった?」

――私、どうしてここに…
――さっきまで…あれ、一体何をしてたんだっけ…

そうだ――問題を作り終えて、学校を出て、あとはいつも通りに…その後のことを、全く覚えていない。

「ここに来て早々、倒れ込んでたんだよ?」
「…そう、なんですか?」
「仕事が忙しすぎたのかもしれないね。僕が頼んじゃったせいもあるけど…その分代わろうか?」
「…大丈夫、です」
「無理しちゃ駄目だよ?栄養剤とかもらってきたから、」

机に並べられたのは、サプリメントや栄養ドリンク、銀紙に包まれた飴、などなど。
私に、縁がそこまでなかったもの。

「水汲んでくるから、今足りないなって思うのを選んでて?」
「あ…はい、」
とりあえずは鉄分のサプリメントと、飴を取る。

水入りのコップを受け取って、錠剤とともに飲み干した後、銀紙を剥がして飴を口に含む。
のど飴かな、多分そう。

――ふわり、ふわり。
宙に浮くような、海の中を揺蕩うような、そんな微睡みの中で、また私は瞼を閉ざす。
心地いい。けど、少しだけ――熱いのは、苦しいのは、どうして。
私の身を焦がすものは、何?

立てなくなった私は、先程まで寝かされていた場所に、今度は自ら倒れこむ。
「…また、具合悪くなった?」
「わかりません…でも、なんか熱くて、」
「今日は寝てなきゃだね…側にいるからね、」
そんな私に、先生は布団を掛けてくれる。それにまで反応してしまうのは何故なのか。
「せんせ…?」

「…君って、たまに幼くなるよね。この間とかさ、」
「そう、ですか?」
「それ…録らせてくれる?」

ミネルヴァ先生は、たまに少々突飛なことを言う。
私で録ったデータなんて、何に使うんだろう。彼のことだから悪いことには使わなさそうだ。使ったとしても、その場合彼は捕まるだろう。

「…私でよければ、」
「ありがとう。顔を撮るか、声を録るか…選んでいいよ」

写真に撮られるなら、まずこの場所が写ってしまうはず。
――そうなってしまったら…
「…声で、構いませんか」
「ん?いいよ。…じゃあ、」

「――始めよっか、」
彼の持っているレコーダーに、かちりとスイッチが入った。

***

「せんせっ、…なんで、」
「ん…何がわからないの?」

苦しむ彼女に問いかける。
レコーダーに僕の声が入らないように、出来るだけ彼女の耳元で。
「なんで、こんなに熱いの、…苦しい、」
その原因を僕は知っている――やはり、あれが効いたのか。それをあえて教えないまま、彼女を追い込み続ける。
緩り緩り、足元を糸で掬うように。

「なら――やめる?」
「え、…嫌、です…せんせ、…楽に、して…ください、」
「わかった、」

――ならば、脱がせばいい。
そう解釈した僕は彼女の上着のボタンに手を掛けて、外していく。
「これじゃ確かに苦しいよね、…脱がすよ?」
ブラウスのボタンは外さない。決して、手を出すつもりはないからだ。

せがむように、彼女が僕のワイシャツを握る。
「…少しは、楽になれたかな?」
頷く彼女の頬を撫でて、再びふわりと布団を掛けた。
彼女の見えないところで、レコーダーのスイッチを切る。このデータは、レイを焚きつけるのに使おう。
彼女もエマも、知る由のない条件。

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