心がすこし柔らかすぎた


好きなのは、たったひとり。
その『たったひとり』は――エマは決してこちらを振り向かないことを、僕は知っている。振り向いたとて、僕は教師でエマは生徒だ。付き合えるはずもない。

けれど、諦めきれないのだ。エマがこの学校に入学してくる前から、ずっと。この学校に赴任して良かったと思わせてくれたのも、他ならぬ彼女で。

それからはここにい続け、繰り返して何度も何度も代わりを立てた。この手と言葉で誰かの心をとらえるのは容易かった。
そうしていく中でその全てを失った――否、壊してしまった僕は、今年から赴任してきた僕のクラスの副担任・**が僕に想いを寄せていることを知った。
立場もそうだが、エマに何処となく似ていること、そして何より僕に惹かれていてくれること、その全部が僕にとって都合が良かった。
それならば、やる事はひとつ。
**を徹底的に堕として利用する、それだけ。

***

彼女のことを、学年主任のイザベラ先生の協力を得て、洗いざらい調べあげる。幸運なことに、深入りしたことは相談という形で彼女が何でも打ち明けてくれた。
保守的な性格なのも、勉強一筋で他のことをあまり知らないのも、全てが彼女の親の影響だった。危なげなことにも興味が薄々あった**に対して、親はそれに触れることを許さなかったらしい。
教師になったのも特段教職というものに思い入れがあったわけではなく、教師である両親が敷くレールを歩いてきただけだと彼女は言った。とらわれている状態に慣れきって、それが当たり前だと刷り込まれたのかもしれない。

それならば、彼女を親から解放し、今度は僕がとらえてしまえばいい。
最初は鍵を開けたまま、逃げるならば構わないと焚きつけて。職場でもイザベラ先生と話し合った上で、色々と彼女に対する便宜を図らせて。
毎晩夕食を奢るのも、事前にエマと交渉して取り上げた制服を**に着せたのも、その状態で化粧をエマのようにしたのも、慣らしてハードルを下げさせるための一手間に過ぎない。

それをだんだん繰り返して、染め上げかけたところで選択を迫る。何度も警告した上で、悔いを残させないように。
彼女がどちらに転んでも、僕の想定内だ。
離れることを選んだら、それまでの事を全てなかったことにして、元に戻る。
とらわれることを選んだら――もう二度と、元には戻らない。

彼女は、とらわれる道を選んだ。それはこちらとしても好都合だ。
あれから1週間が過ぎた。さて、今日はどのようにしようか。

***

夕食後、毎晩同じホテルの部屋に**を連れ込む。それは今日も変わらない。
ベッドの上に彼女を座らせ、目の前でネクタイを解く。警戒させないように抱き締めたのち、彼女の両手を取って背中の方に回す。

「…何、を」
「そのまま、後ろにしててね?」
解いたネクタイで、**の両腕を素早く縛り上げる。動揺はすれど、抵抗はしないようだ。
「待って…動け、な、」
「安心して、…目を閉じて、」

いきなり視界が閉ざされると驚かれるだろうから、まずは彼女自身に目を瞑らせる。特に暗所を恐れてはいないらしい。
彼女が瞼を下ろしたのを見届けてから、備え付けのタオルで視界を奪った。

「…先生、どこ…?」
「ここにいるよ、」
首の後ろに左腕を回して、右の手で頭を撫でる。
「僕がいないと不安かな?」
「っ…はい、少し…」
「何かあったらすぐ言うんだよ、」

身動きも取れず、目の前も見えず。不安になる気持ちも、よくわかる。
だから、そこまできつくは縛らない。身体を傷つけたいわけではなく、あくまで心を堕としたいだけだから。
――もし、その緩みに彼女が気づいて、解こうとしたら?
その時はまた、縛り直すまでだ。できるだけそうしたくはないが、逃げるのならば仕方ない。

**は――やはり、そうしていたか。
結び目を解こうとしている彼女の手首を、少し強めに引っ張る。

「…っ、!せんせ…強い、です…!」
「ごめんね、痛かった?」
何も言わずに、彼女は頷く。
「でもね、君もいけないの。わかるよね?」
「…ぎゅって、したかったんです」

そうだったのか。
確かに手が縛られていては、抱き締めることも叶わない。
それでももう少しだけ彼女を焦らしたくて、少しきつめに結び目を縛り直した。

「まだだよ、もうちょっとだけ…待っててね、」
「ん…待ってますね、」
「…よしよし、」

一度慣らしてしまえば従順な彼女――元々そういう気質だったのだろう。
生徒にするように接されるのが好きなのだろうか。それならば、この接し方を続けよう。元々、彼女は生徒の身代わりなのだし。

立場上などの都合が良いからという理由で選んだのが、彼女だった。けれどもう、エマの代わりは彼女以外あり得なくなってしまった。ここまで彼女に嗜虐心を煽られるとは、思ってもみなかった。

彼女は、その心は、どれほどの強度を持つのか。僕の心を埋めるに値するのか。
この指で触れれば容易く壊れてしまうほどに繊細で脆いのか、それとも――

次は、誰を利用しようか。彼女に想いを寄せるレイか。

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