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『よし、行ってきます!』

卒業以来久々に、親戚が経営している旅館に向かう。私の親が経営している和菓子屋『萩のや』の商品を差し入れするためだ。
約40分もすれば着くくらいの距離だけど、大抵私は泊まりがけ。今日も、例に漏れず二泊三日だ。

『もうすぐ、会えるかな』

箱詰めの差し入れ半分と、自分のもの半分が詰まったスーツケースを引きながら電車を降りる。改札をくぐり駅を出れば、目的地はすぐそこだ。
5階建ての、木製の旅館。看板犬のダイムを撫でて、靴を脱いで上がる。

『おとーさん、来たよー!』

馴染みのある人が、ちらりと顔を見せた。ここ『清緑』の経営者で、私にとってはもう一人のお父さんのような存在だ。
元々は私が彼の息子を兄のように慕っていて、そこからの流れで彼のことも「兄の父は妹の父」ということで『おとーさん』と呼んでおり、彼も彼で私を娘のように可愛
がってくれている。

「安芸さんとこのお嬢ちゃんか。上がってきな」

スーツケースを開けて、梱包された箱を取り出す。
中身は新作の和菓子をいくつかと、看板商品のお饅頭をいくつか、それと保冷剤。ちなみに客用や従業員用のものは後日宅配便で送る予定だ。

「これが、夏の新作かい?」
『そんな感じ。お客様用には6月くらいに送れるかな』
「楽しみにしてるよ、お嬢ちゃん。じゃあ、これは預かっておくからな」

預かる、と言う言葉に甘えてその箱を渡す。

「そろそろ着替えて、伸元のとこ行ってきな」
『はーいっ』

軽く返事して、廊下に出る。いつも自分が寝泊まりしている部屋を探し当てると、既に布団が敷いてあった。荷物を置き浴衣に着替える。
それが終われば再び廊下に出て、兄のように慕う彼がいる部屋の扉を開ける。彼の姿を見た瞬間――迷わずに抱きついた。

『お兄ちゃーん、ただいまーっ!』
「ああ、おかえり穂香」
『ただいまのぎゅー!』

けれど、彼の反応はいつもと違っていた。

「こらこら、そんな無防備に抱きつくんじゃない…!」

どうして。そんな優しい声で、咎めないで。
こんなお兄ちゃん、知らない…

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