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結局おとーさんも私を置いて、従業員さんと話しに行った。
やはり、ひとりぼっちでいるのは寂しいものだ。
鍵の音がしたかと思えば、そこには同級生と遊んでいたらしいお兄ちゃんの姿。

「ん、ただいま」
『おかえりっ』
「ああ、寂しかったか?」

彼の姿を目に留め、すぐに駆け寄っていく私。
先程まで感じていた寂しさを今から埋められる。
1ミリでも近く、密着するように抱きつくと彼は優しく背中を撫でてくれた。

『うん……っ』
「よしよし、いっぱい構ってやるから」

嬉しいはずなのに、この体温があの同級生さんにも伝わっているのかと思うと、知らない何かでぎゅっと胸が苦しくなる。

『ありがと。今日はずーっと一緒かな?』

お兄ちゃんと私はただの親戚でしかない。
変えようがない関係。
だから彼の交友関係に口を挟める立場なんかじゃない…そう、わかっているのに。

『……よかった、お兄ちゃんを独り占めできるんだ』

気づかれないように小さめの声で誰に言うでもなくそっと呟いてみる。
…だめだったかな。
やはり聞こえてしまっていたのか、心配そうに顔を覗き込まれた。

『わわっ…びっくりした』

緊張している私に、想定したものと違う答えが返る。

「穂香、今日会ってきたのは普通に同級生だ」
『そっか…恋愛感情とか、ないよね?』

もしその通りだったら。
その同級生さんのことを、私以上に大事だと思っていたら。
考えたくないことばかりが頭を過っていく。

『独り占めできるんだよね…?』
「ああ。俺にはお前だけだからな」

彼の服にぎゅっとしがみつけば、先程まで背中にあった両手が抱き返すように回される。
先程まて浮かんでいた不安も過っていた嫌なことも、それだけで全部かき消えていく。

『本当に…?』
「ん。その代わり……」

そっと囁くように言いかけた言葉の続きが聞きたくて、彼の胸に頭を擦り付ける。
擽ったいと返しながらも、撫でる手は背中から後頭部へと移動する。
そのままぐりぐりと甘え続けていると、言われるとは全く思っていなかった言葉が返ってくる。

「……俺にも、独り占めさせてくれないか」

その言葉を、脳内で反芻する。
そんな暇さえ与えないと言うように、後頭部を右手で強く押さえられて唇を塞がれた。
舌で歯列をなぞった後、息もできないくらい深く絡められていく。

「ん……っは、」
『…っ、まってぇ…』

くいくいと袖を引けば、ようやく唇を離してくれた。

「ごめんな、苦しかったか…でも気持ち良かっただろう?」

優しく問いかけられるそれに、首を振って肯定をする。
それを見た彼は、呼吸を落ち着けるように背中を撫でてくれた。

『よかった……』

服越しでも感じるその手の温もりに甘えるように、ゆっくり体重を預ける。
面と向かってはいるもののぴったりと抱きついているわけではなく、かと言って離れているわけでもない。お兄ちゃんも、背中以外は触ってこない。
ともすると再び触れ合える、そんな距離ではあるけれど今はそうしない。

「穂香、部屋に行くか?」
『んー…まだいいや』
「なら、行くのは親父が帰ってきてからな?」

おとーさんが帰ってくるまでは、お兄ちゃんと私だけの空間。
おとーさんが嫌い…だとかではないけれど、お兄ちゃんと一緒にいられる嬉しさが上回ってしまう。

「それまでは…わかるか、穂香」
『なぁに…?』
「穂香…『独り占めさせてくれ』って言ったの、忘れたのか…?」

それからは寂しさを埋めるようにまた触れ合う。
もう、求め合うと言った方がしっくりくるかもしれないくらいに。

「本当に片時も離したくない……どうして穂香はここまで可愛いんだろうな……?」
『そんなの、訊かれてもわかんないよ……っ、ぁ…また痕ついたぁ……っ』

抜け出せない泥沼へと堕とされる。
はだけた浴衣から覗く消えかかった痕の上から、上書きとばかりにいくつもの新しい痕をつけられていく。

『ふゆぅ……』
「ほら穂香、もっとしような?」
『する……』

ガチャリと扉が開いたかと思えば、おとーさんがこちらに来た。

「ただいま、お嬢ちゃん」
『…おとーさん?』

この状況。
どうしよう…

「親父…何しに来たんだ」

いつかは帰ってくるとわかってはいても、いきなり帰ってこられては驚いてしまう。お兄ちゃんに至っては苛立っているようだ。

「手厳しいなぁ」
『驚いたんだよ、』
「なるほどな…」

私が間を取り持とうとやんわりと説明すれば、やれやれといった顔でこちらを見る。
そのまま2人の視線は私に注がれ、2人の間で揺れ動いている私を挟むように向かい合う。

「やっばり、何かしてただろ」

浴衣がはだけていたせいか、お兄ちゃんがつけた赤い痕を見られた。
今更隠そうとしても、つけ終わったところに鉢合わせられてしまっては逃げ道など断たれたも同然だった。
それどころか、ずっと前から気づいていたかのような反応。どうして……?

「2人とも、あのな」

不思議に思っていると、おとーさんの方からいきなり話を切り出された。
私が泊まりに来た日以降お兄ちゃんに触れられ続けていること自体、もうその日から気づいていたらしい。

「そうか、親父は最初から……っ」

最初から、隠す意味なんてなかったんだ…
今まで気づかれないかひやひやしていたこと自体が無駄に思える。

『うん……っ』
「ならどうして…」
「嬢ちゃん、」

そうだよ。どうして最初からそう言わなかったのか、私だってそう訊きたいよ。
けれど、おとーさんはその言葉を遮るかのように私に呼びかけてきた。

『なあに……?』
「これから…どうする?」
「これからって……何だ?」
「伸元を選ぶか、俺を選ぶか…いっそ、もう3人で付き合うか?」

続けて、彼は何食わぬ顔で衝撃的なことを言う。
3人で付き合うことになれば、もうお兄ちゃんに独り占めしてもらえなくなるのかもしれない。

『それは……』

それでも2人の想いを無下にしてしまうのも嫌だし、何より私が決めきれない。

「…難しいよな、」

考え込んでいると、お兄ちゃんが優しい声で私を伺う。そんな彼ら2人に見守られる中で、私の出した結論はこう。

『いいよ、3人で…』

――そうだ。これでいいんだ。
独り占めしてほしいのなら交代制にすればいい。
それなら、もう間違いない。

「全く、お嬢ちゃんは……」

2人に私の結論の全てを話せば、そっと片手ずつ握られた。
両手に感じる2人の手の温かさが、今は私を縛りつける鎖にも思えてくる。
あっ、これはまずいことを言ってしまったのかもしれない……と後悔が頭を過ぎるもそれは一瞬で消え、今はただ2人の温もりを享受する。

「そうだぞ?どこまで俺と親父を垂らし込む気なんだ、お前は…」
『ん……?』
「もしかして……自覚、してないのか?」

お兄ちゃんにはそう問われたものの、私は2人から注がれる情に応えているだけで垂らし込んでいるつもりはない。

『自覚って……違うの、私は……』

そう、私は何もしていない。
けれど、2人には私が彼らを誘っているように見えるようだ。
どうして、と問う間も無く、さらに距離を詰められていく。

「どうやら、お前は気づいていないみたいだな?」
「いいんだよ。お嬢ちゃんは気にしなくて……」
『そっか…』

気にしなくていい、と言われたからそうなのだろう。
なぜかそう思えてしまう。

「そうだぞ、穂香…」
「お嬢ちゃんは、俺と伸元から離れさえしなければいい。それだけだ」
『いいよ…なら、そうするね』
「ああ、いい子だ……何せ先に始めたのは穂香、だろう?」

先にお兄ちゃんが私の浴衣をぎりぎり脱げ落ちない範囲で捲り、指がするりと肌の上を滑る。
彼の言葉が、先にこの関係を始めたのは私なのだと思い出させた。

『んんっ……確かにそう、だけど……っ』
「お嬢ちゃんが始めたんだろう…?」

そうされるがままでいるともう片方からも捲られ、いつずり落ちるか分からないようにさせられた。
剥き出しの肌を両側からなぞられ、奪い合うように痕をつけられれば、身体は擽ったさに跳ねるばかり。

「穂香……ずっと一緒にいてやる」
『ん……っ』
「俺も伸元も、離す気ないんだ」
『やった……』

初めから、こうだと決まっていたのだろう。
2人と私の赤い糸を絡み合わせて。

『私も……2人から離れない』

それは、かみさまがする綾取のように。

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