03
まぼろし
また1ヶ所空き地を作ったところで、帰り道をふらついているとぼやけた色が見えた。ここはそこそこ人通りの多い街中で、しかし寂しげにちかちかと弱い点滅を繰り返すその色を認識している者はいないらしく素通りしている。
もう少し、もう少しその色をはっきり捉えようと、目を凝らす。
「……うん?」
浮かび上がった色は、ひとりの少女だった。
15歳かそこらで時が止まっているような、透明な少女。
「ねえ、」
話しかければ、ワンテンポ遅れて驚きが返る。
聞けば彼女――**さんは1回目の大規模侵攻で近界民に殺された少女の幽霊で、ここにいるほぼ全ての人間に存在を気付かれていないことを当たり前と受け入れているようだ。実際悲壮感など全く感じさせず、まるで幼馴染にばったり出くわしたかのような声音で自分を視認できる者に出会えたのはいつぶりだろうと続けたくらいなのだから。
「で、そんな**さんはどうしてここにいるの?」
「あはは……やっぱそれ訊くよね」
初めて、**さんの色が少し曇った。
少し寂しげに遠くを見ながら、苦い笑みを返す。
「……未練、ってやつかな」
「未練か……好きな人でもいたの?」
「ううん、その手前」
その言葉に**さんが続けた理由は誰かにとってはくだらないと断じることであろう、しかし彼女にとってはとても重要らしいことだった。彼女をこの世界に留まらせるに足りるほどの、未練だったのだ。
うまくいっている学業、充実した放課後、恋人との付き合い――などなどを夢見ていたが、その肝心の交際相手ができる前に近界民に襲われ息を引き取ってしまったらしい。
「要するに、1日デートとかすれば成仏できるのかな」
「まーね。なんならさ、君がさせてくれてもいいんだよ?」
そう言って目の前に実体のない手を差し出し、悪戯に笑ってみせる**さん。
「なるほど……1回きりの幻のデート、か」
叩きつけられた挑戦状だと思えば、受け取ることも悪くはない。そうと決めたら彼女と1回きりのデートをしようと、とりあえず近くの開けた商店街に誘導した。
これ、忍田さん達に怒られちゃうかな――なんて一瞬思ったけれど、それはまあいいとする。
***
重い鉛色の中に幾つもの蛍光色がギラギラとさんざめく夜の街中。飲食店やファストフード店と見ていく中、食事のできないであろう**さんでも楽しめそうな場所ということでゲームセンターに誘導する。
とりあえず一番最初に目に留まったアクションもののアーケードゲームを遊んでみるが、目の前の画面に映る敵はやはり作り物だからかどいつもこいつもつまんない色のザコばかりだった。
「それ、面白い?」
「うーん……暇潰しにはなるけどさ、全然やる気起きないよー……」
「そっかそっか。君、こういうの強いんだ」
敵のあまりの弱さに飽き、一回だけですぐにやめた。他の筐体もどうせ同じような色のザコしか出ないのだろうとアクションもの自体を候補から外し、次は何をしようかとクレーンゲームやリズムゲームにも手を伸ばす。フロアを見て回る中で冗談混じりにプリクラもどうかと提案したものの、**さんにはどうせ心霊写真しか撮れないだろうからと却下された。
30分ほどの滞在ののち、クレーンゲームで取ったいくつもの戦利品を抱え店を出る。今度は彼女の方から持ってあげようかと言われたが、それだとエナジードリンクや飴玉がポルターガイストのごとくひとりでに浮いているように見えてしまうからとこちらから断った。今日初めて出会ったとは思えないほどに波長が合う、そんな彼女もいつかは成仏させなければならないと考えると少し寂しくなった。
「……で、君。夕食とかはいいの?」
あれからいくつかの場所を回ったのち。**さんの質問で、かなりの時間が経っていることに気づかされた。
もうそろそろ戻らなければ、さすがの忍田さんも怒ってしまうだろう。
「あ……そろそろ解散しないとだ」
「だね。ごめんね、付き合わせちゃって」
「いいよ、楽しかったし」
「ならよかった。今日はありがとね……えっと、」
少し寂しげな微笑みで、礼を続ける。どうやら、彼女も解散するのが惜しいらしい。
そういえば、名前は教えていなかったか。
「名前?月彦でいーよ」
「月彦くんか。……じゃあさ、」
「うん、」
「……最後に、抱きしめてくれないかな」
言われるがまま、実体のない**さんの身体を抱きしめる。
と、段々彼女の身体が見えなくなるにつれ足元から無数の光の粒と化し、羽ばたく蝶のように腕の中から舞い上がっていった。
本当の意味で幻となった1回きりのデートを思い出と刻み込んで、本部への道を歩き出す。瞳を一瞬で潤ませた涙には、気づかないふりをして。
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