04

あこがれ


学校からの帰り、少し歩いたところで叩きつけるような雨が降り始める。急なことだったから、当然傘など持っていない。天気予報ではそのようなことは決して言っていなかったのに、どうしてだろう。
けれど何もしないでいるともっと濡れてきてしまうので、近くの木の下で雨が上がることを待つことにした。誰かに相談しようかとも思ったけれど、今日は3年生全体が実力テストで下校時間が早められている都合上、修くんや遊真くんはもう下校している。それに出穂ちゃんも、今日に限って風邪を引いて欠席していたのだ。
何よりこんな、わたしだけが我慢すればいいようなことで、彼ら彼女らを困らせたくはなかった。

「……っ、」

木の下にしゃがみ込み、降り注ぐ雨から隠れる。
雨に打たれた土の香りが大地から立ち昇るこんな日は、兄さんが攫われたときのことを思い出してしまう。トリオン兵が襲ってくる気配はない、けれどどうしても不安になって。
と、そんなわたしを呼ぶ声が後ろから聞こえる。

「あれ、雨取ちゃんだ」
「……え、」

間違いなく、**先輩の声だ。
彼女は本部の狙撃手で、5歳離れたソロの隊員だ。どうやら、大学の帰りであるらしい。わたしとは違い落ち着きのあり用意周到な彼女は、今日もしっかり傘を差していた。

「これから玉狛行くの?それとも本部で訓練?」
「あ……本部の予定です。今日はランク戦の日じゃないので……」
「そっか。私もこれから行くんだよね」

先輩も、これから何らかの用事で本部に行くようだ。
彼女はソロで遠征を目指しているとのことで、隊員募集や推薦をされても断り続けている。それに誰にでも分け隔てなく接するので、特別彼女のことをよく知る隊員もいない。
そうだ。**先輩は、ひとりで戦えるくらい強いのだ。
わたしはそんな、誰かに頼らなければ生きていけない弱いわたしとは大違いの彼女に心のどこかで憧れている。けれど狙撃手の訓練に個人戦がない以上は、マンツーマンで教えてもらうことはできない。

「傘、忘れちゃったの?」
「あ……はい、」
「急だったもんね。じゃあ、私の傘入る?」

先輩は自分の傘の左側を空け、そこに入ろうと言ってくれた。
どうして、こんなふうに優しくしてくれるのだろう。傘を忘れたのはわたしのミスで、そんなわたしなんかのために一緒に入ろうとなんてしてくれなくてもよかったのに。
尚更、憧れてしまうではないか。

「……え、いいんですか?」
「いいよいいよ!ほっとけないしさ!」
「ありがとう、ございます……!」

その言葉に甘え、木陰を抜け出して先輩の傘に入ったわたし。
いわゆる相合傘というものだろうか。いや、わたしも**先輩も女性だからそういう風に言わないのかもしれない。そのあたりのことは、あとでレイジさんに訊いてみることにする。
同性同士とはいえ、憧れの先輩と相合傘なんて。きっと、出穂ちゃんに知られたらからかわれるに違いない。けれど、今はそれでもよかった。

***

雨の降る中。
ふたりで傘を持ちながら、本部への道を歩く。

「そういや、雨取ちゃんって最近大活躍中なんだって?」
「それは、」
「凄いよね〜。遠征部隊、目指すんでしょ?」

ランク戦に参加していない先輩も他人のランク戦を見ることはあるようで、わたしに話を振ってきた。
それは決してわたしが凄いわけじゃなくて、遊真くんや修くん、ヒュースくんや栞さん達の協力あっての結果だ。玉狛第2が遠征部隊を目指すのだって、元々は攫われた兄さんや青葉ちゃんを探しに行きたいというわたしの我儘から始まったことなのに。

「はい……でも、別に凄くなんか」
「えー?そんなこと、ないと思うけどなぁ」
「……え、」

凄くなんかない。
先輩はそう言おうとしたわたしの頭を撫で、微笑みかける。

「普通は寂しがるだけで諦めちゃうか、それこそ他の隊員に頼っちゃうもん。そこをさ、雨取ちゃんは自分の手で取り戻そうって思えるだけで凄いよ!」
「え、そんな……」
「なんで?雨取ちゃんってトリオン凄いってのも勿論だけどさ、それだけじゃないじゃん。意志も強いし集中力も強いし、あと……最近人も撃てるようになったんだっけ?」
「せんぱい……っ、」

まさか、憧れの先輩からわたしを凄いと認めてもらえるだなんて。
今までまったく想像すらしていなかったその喜びのあまりに軽くなった足取りで進んでいくうちに、本部への直通通路が見えてきた。
傘を畳み、目の前の階段を降りる。

「ほら、行こ?滑りやすいから気をつけてね」
「はい……っ、」

直通通路を通れば、あっという間に本部の入り口前だ。
本部に入り、彼女はわたしと反対側の道を指す。

「じゃ、私こっちだから!」
「……あの、」
「うん?」

引き留めようとしていることが申し訳ないという自覚はある。
けれどどうしてもお礼が言いたくて、あちら側に歩き始めた先輩を呼び止めた。

「今日は……ありがとう、ございました」
「気にしないで!じゃあね、雨取ちゃん!」
「はい……!」
「……あ。雨取ちゃんっての、なんか言いづらいや。千佳ちゃんって呼んでいい?」

千佳ちゃん、と。そう、呼んだ。
誰にでも分け隔てなく接している先輩が、わたしだけじゃなくて他の先輩達も苗字で呼ぶ**先輩が、よりによって、わたしを名前で呼んでくれるだなんて。
拒む理由など、ひとつもなかった。

「あ……はい!勿論です!」

少しだけ、わかりかけたことがある。わたしが先輩に抱いている感情は、おそらく憧れには留まらない何かなのだろう、と。
けれどそれが何であるかに気づくのは、きっとまだ先の話。

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