04

これから


知的で、落ち着いていて、的確で。
私は、そんな彼には絶対になれない。

「……**、どうかしたのか?」
「会ちょ……わっ、すみません、また……」

生徒会の作業をしている最中だというのに浮ついている私を見かねてか、隣で共に作業している会長――いや、蔵内先輩に声をかけられた。
既に引退が決まっている彼を会長と呼ぶことはそろそろやめなければならないとわかっているが、一年の間発声器官に染み付いた癖はそう簡単に抜けるものではない。

「お前なあ……次は自分がそう呼ばれる番だとわかっているのか?」
「……はい、」

この間行われた生徒会選挙の結果、次の代では私が彼のあとを引き継ぐことが決まった。同級生にこの学校を変えてくれるからと推薦されたことが大きいが、私には少し荷が重いのではないかとも感じてしまっている。
そりゃそうだ。生徒会役員とは全生徒の代表であり、そして手本だ。特に現在彼が務めており、次の代では私が就任することが決まっている生徒会長とはその最たるものだ。肝心の私がこれでは、とても生徒の手本など務まるはずがない。
だから。

「私が……しっかりしなきゃ、ですよね」
「ん?ああ、そう……だな」

そうだ。私は、今よりもしっかりしなければならない。
蔵内先輩がしていたこと、向けていた目線、断片から昇華させた案。その全てを噛み砕き、そして手に馴染ませる。端の一ミリまで彼に近い型を作り、そこに私を隅まで流し込み、固めていく。そうすれば彼そのものにはなれなくとも、彼の高度なレプリカくらいにはなれるだろう。たとえば、神の形をした偶像のように。
模倣することに徹していれば、不安も拭えるような気がした。

***

そうして、一週間くらい経ったある日。
件の同級生から、笑顔が消えていると指摘されてしまった。

「**ちゃん、最近いつもそんな顔してるよね。どうしたの?」
「あ……ごめん、引き継ぎがちょっと手間取ってて……疲れちゃったのかな、」
「そっか。疲れてるだけなら別にいいんだけど……」

曰く、空気のように軽やかだった今までの私はもう見る影もないそうだ。その意味に、洗面台の鏡を見て気づく。
――あれ。私、上手く笑えてない。

「……何を間違えちゃったのかな?」

息を吸って、吐いて、それから乾いた声で反芻する。
私はどうすればいいのだろう。そうだ、蔵内先輩が綾辻先輩との交際を一時期噂された際に否定したときのような笑顔を作れば、きっと。
きっと上手くいくはず――なのに。

「……**?」

後ろからかけられた声に気づき、振り返る。
それは、まごうことなく彼のもので。

「なんで、こんなところに……」
「お前が最近元気ないって聞いたから、心配してな。やっぱりそうだったか」
「気づいちゃったんですね、」

一体、私は何をしているのだろう。
早く蔵内先輩のようにしっかりして、次期生徒会長として周りを安心させなければならないのに。同級生どころか、肝心の彼にまで心配をかけて。

「だって、最近お前は俺のやり方にとらわれてるだろ」
「っ……え、」

蔵内先輩のやり方に、とらわれている。
確かにそうだ。模倣に徹しようとすれば、必然的にそういうことになる。いや、むしろ徹しようとする時点でとらわれ始めていたのか。
どうすることもできず俯く私の頭を、彼の温かい手が撫でる。

「……せんぱい、」
「お前はお前の生徒会を運用すればいい。生徒が選んだのは、他でもないお前だろ?」
「それは……そう、ですけど……」

顔を上げれば、こつんと額を小突かれた。

「俺を越えてくれなきゃ困るぞ、**会長」

目の前に映った蔵内先輩の瞳からは、紛れもなく私を信頼していることがわかる。
そうだ。これからは、私がこう呼ばれる番なのだ。

「はい……っ!」

彼の言葉で、先程までの不安が晴れた気がして。
今までよりもずっと軽い足取りで、私は生徒会室へと足を進めた。

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