さよならの呪い

※過去捏造
※炯舞が前提
※炯くんに片思い→最終的に灼くん落ち

***

久しぶりに舞と会った日。私は、彼女の婚約の報告を聞いた。
そこまでは、よかった。その時だけは、舞のことを心から祝福していた。社会通念上、友人の結婚というのは祝われるべき事なのだから。

けれど、その相手を聞いてしまってから。

「相手ね、ミハイルなの」
「…えっ?」

――私の心のどこかが、音を立てて崩れ落ちてしまった。

舞――それって、炯くんのことだよね?
私だって、好きだったんだよ。強くて冷静沈着で、優しい彼がさ。
お願い。違うって言って。取らないでよ。

受け入れられない。さっきまで祝福していた自分が、まるで嘘みたいだ。

「…そう、なんだ」
「**、どうしたの?」
「ごめん、私…帰るね」

こんなことを考えていたらサイコパスが濁ってしまうと、誰もが思うだろう。それでも、構わなかった。色相のことを頭に入れる暇は、私にはなかったのだ。
感情が制御できなくなりそうで、私は舞に背を向けて。溢れそうな涙を腕で必死に押さえながら、その場を走って後にした。



あれから何年経ったのか、私は覚えていない。年数なんて、私にはどうだっていい。
私の頭を占めるのは、ある疑問だ。

――ねえ、どうして?どうして、舞なの?

同じロシア系移民だから?
祖国の郷土料理を作るのが上手いから?
彼女の目になりたいと思ったから?
家族を喪っていることに共感したから?

答えがわかったところで、私にはどうしようもないのに。
未だに受け入れられないまま、ここまで来てしまった。

***

今日は舞と炯くん、彼の幼馴染だという灼くんと食卓を囲んでいる。
舞の作るご飯は、相変わらず美味しい。

炯くんは灼くんとコンビを組み、監視官として捜査にあたっているらしい。何でも、お兄さんに関する『真実』を追い求めているのだとか。
やはり、真っ直ぐでかっこいいなあと思ってしまう。

それに比べて、私は何なのだろう。
叶いもしない想いを引きずり続けて。ずっと同じ問いを繰り返して。

いつの間にか、カトラリーを動かす手が止まっていた。

「ねえ…君、大丈夫?」

舞のでも炯くんのでもない、明るい声。
灼くんだ。私を心配してくれているのだろう。

「…ちょっと、考え事してただけ」
「何かあったの?君さえよかったら…話、聞こうか?」

本人達には、ずっとひた隠しにしてきた。けれど、これ以上心配をかけるわけにもいかない。
何も知らない灼くんなら、まあいいか…と、話を聞いてもらうことにした。

「…ごめんね」
「いいんだ。…しばらく、席外すね」
「メンタルトレースをするのか?なら…」
「いや、そこまではしないよ。心理分析はするけど。…お願いだから、**ちゃんと2人にしてくれないかな?」
「そうなのか…わかった。行ってこい」
「行ってらっしゃい、」

舞と炯くんに見送られて、彼らがいない部屋へと連れ出してもらった。



「舞と炯くんには、秘密にしてね」
「わかってる、絶対に言わない。だから、聞かせてほしいんだ。今までの君の様子見てて、思ったんだけど…」
「何を…?」

「炯と、何かあったの?」

その言葉に、何も返せなかった。
何かあったのは私だけ。ただ、私が彼を諦めきれないだけ。

段々、視界が滲んでいく。あの時と同じだ。

「うん…ねえ、どうしてわかるの?」
「どうして、って…そりゃあ、君の様子を見てればね」
「洞察力高いね…ずっと隠してきたのに、」

今更隠しても、彼になら全て見抜かれてしまうのだろう。
そう悟り、私は全てを洗いざらい打ち明けた。

「…それで、今でも引きずり続けてる、と」
「そうなの。私、だめだよね…炯くんには舞がいるのに…」

「なるほどね。…炯の事、忘れたいの?」

この想いを忘れられたら――私は、楽になれるのだろうか。
違う。そうじゃない。
もう忘れて、諦めなければいけないんだ。

だからね。
炯くんを想う私に、さよならするの。

「灼、くん…?」
「出来る事なら、協力するよ?」
「うん…っ、ありがとう…」

ぼろぼろと溢れる涙。
座り込んで泣き出すなんて、子供みたいだ。

そんな私の背中を、灼くんの手が優しくさする。

「このまま…抱き締めて、塗り潰して…?」
「**ちゃん…いいの?」
「協力するって、言ったじゃん…!」
「そう…だったね、」

抱き締めてくれた彼の服は、とうに私の流した涙で濡れていて。
心配したらしい舞が扉を叩くまで、ずっとずっと離さないでいた。