ひだまりが痛い
(「さよならの呪い」の続き)
※過去捏造
※炯舞が前提
※匂わせ程度ですが、裏描写あり
***
何かを忘れる時の心の痛みは、傷口に薬を塗りこむそれに似ている。
「ごめんね、私の我儘に巻き込んで…」
「我儘なんかじゃないよ。俺こそごめん、つけ込むようなことして」
「だって…あのままだと私…」
とあるホテルの一室。
舞達との夕食の途中で子供みたいに泣きじゃくって、居た堪れなくなった私。それを気遣った灼くんに手を引かれるまま、あの場所を抜け出してここにいる。炯くんのためだったメイクは既に落ちて、ここに来る前に駆け寄った駅の化粧室で拭き取った。
連れ出してくれたのは灼くん、けれど行き先を決めたのは私。誰かに側にいてもらえなければ、ぼろぼろになってしまいそうで――あのまま家に帰ってひとりで寝るなんて選択は、今の私にはできなかった。
元々私は炯くんが好きで、けれど彼は舞と結ばれてしまって。彼らと夕食を摂った時、彼を忘れられずに苦しむ私を見かねた彼の幼馴染・灼くんが、忘れるために協力してくれることになって――それで、今に至っている。
人からは付き合っているように見えるのだろうが、実際は私が彼の優しさに甘えているだけに過ぎない。
「…灼、くん…」
「何かしてほしいこと、ある?」
先程チェイサーもなしにショットで飲み干したアイリッシュが効いたのか、また涙が溢れてくる。枕に顔を埋めたままの私を案じてだろう、灼くんは手が触れそうなところまで距離を詰めてきた。
質問への返答は、ここに来る前と同じ。
炯くんへの想いを忘れさせてほしい、それだけだ。
「…忘れさせて」
「**、ちゃ…?」
すぐ側の距離なのに、それをもっと縮めようと手首を掴んで引き寄せて。
衝動のまま、私の方から唇を奪った。
「わっ…いきなり何するのさ、」
「こうでもしなきゃ、上書きできないかも…っ、」
「『炯くんの方が良かった』なんて、言わない?」
「言わない…」
炯くんのことは、私が勝手に想っていただけ。
進展するどころか伝えてすらないんだから、比較も何もないだろう。
枕から顔を離し、ベッドに横になって灼くんと向き合う。
ゆっくりと目を合わせ、無抵抗な彼の顔に手を添えて――再び、私から唇を重ねた。
「――灼くん」
驚きはしたが、抵抗はしない。それをいいことに、彼を押し倒して私から舌を入れていく。苦しいとばかりに私の腕を軽く叩かれ、そろそろかと思い口を離した時には5分くらい経っていた。ぼうっとした顔の彼と私の間を銀色の糸が繋ぐ。
自棄になって全部かなぐり捨てて、刹那的な衝動に身を焦がす。付き合っているというわけでもないのにこういうことに走ってしまうだなんて、今までの私なら相当考えつかなかっただろう。期待が叶わないと知った時の絶望は、時にこうやって人を狂わせる。
事実、一度箍が外れてしまった私は止まらなかった。止まれるわけもない。今更、引き返せないのだ。こうすれば楽になれる――そんな保証なんてどこにもない、のに。
「っは…**、ちゃ…」
「…どうしたの?」
「**ちゃんって、積極的…だね、」
「そうかな…?」
いつもの私は、そんなに積極的でもない。そうでなければこんなに苦しんでなんかいないし、灼くんとこうなることだってなかった。
ただ炯くんへの想いを忘れたい一心と、酒の勢いなのだろう。
服は結局着たままだ。自棄とはいえども、脱ぐところまで気が回らない。かといって脱がしてもらうのも、なんとなく申し訳なく思ってしまう。
そこまで考えていたところで、よしよしと頭を撫でられる。
「…ずっと、苦しかったんでしょ?」
「うん、そうだよ…!そうだけど…!」
「だよね。…だからさ、」
「――全部忘れて、楽になろ?」
どうせ、その場限りの火遊び。それでいい。
――もう、全部どうだっていいんだ。
***
酔いが覚めたあと、とりあえずシャワーだけを浴びる。
「あー…私、何やってるんだろう…」
灼くんは、終始私に優しくしてくれた。
けれど、その陽だまりのような彼の優しさが今は痛い。
どうして、そんな温かく私に接するの。
どうして、そんな柔らかい声で私の名前を呼ぶの。
そんな風にしなくていいのに。いっそ、最初から突き放してくれればよかったのに。
だめだよ、そんな。甘えてしまうじゃないか。灼くん、君はずるいよ。
――そうじゃない。ずるいのはお互い様だ。
私に優しくする彼も、それに甘える私も――同じだ。
「私、だめだよね…甘えてばっかりだ、」
聞こえないように、少し枯れたままの声で呟いた。
*
浴室を出て身体を拭いて、下着と備え付けの寝間着に着替える。ドライヤーをかけてもまだ少し濡れたままの髪は、とりあえずヘアゴムで留めた。
灼くんの元に戻り、先程までいたベッドに再び寝転がる。
彼の目はまだ冴えているようだった。
「灼くん…寝ないの?」
「…俺、ベッドじゃ寝れないんだ。だから**ちゃんが使っていいよ」
そう言った彼は、ソファの上で寝る準備を始めている。
私もそろそろ寝ようと、布団の中に入って枕に頭をつける。このままで寝るのはまずいと解いたヘアゴムからは、しばらくシャンプーの匂いがした。