ならば、導こう
午後6時、雨が上がったもののまだ曇った薄暗い空。
もうすぐ家に帰らなければならない時間だが、私は先程からはぐれた兄の行方を追っており、それどころではなくなっている。
早く兄と合流して、母と父の元に帰らなければ。
兄が先に家に帰っているという可能性を考えもしたけれど、兄は私を置いて先に帰るような人物ではないことを思い出し、その可能性は脳からすぐに消した。
「お兄ちゃーん!母さんと父さんが心配しちゃうよー!」
この声が届いているかは、わからない。
けれど諦めもせずに周りを見渡しながら呼び続けていると、セミロングの後ろ姿の少年を見かけた。
この姿は、もしかしたら。
「お兄ちゃん?」
ねえ、寒いから早く帰ろ?
父さんも、母さんも、きっと家で待ってるよ?
「ねえ……っ」
***
任務の帰り。
知らない女の子が、後ろから呼びかけてきた。
声からして、小学生あたりだろうか。兄を探している途中で、僕を兄と見間違えでもしたのだろう。
ああ、そういえば。
この子は、今日の任務で祓った呪いに殺された4人家族の妹だった。
父母と兄はもう既に呪いに殺され、彼女ひとりがどうにか生き延びたらしい。
「ゆうたお兄ちゃん、**だよ?早く帰ろ?」
そうやって、しがみついて兄と呼んでくる彼女――**ちゃん。
君のお兄さんははぐれたんじゃなくて、呪いに殺されたんだよ――なんて、こんないたいけな女の子に言うわけにはいかなかった。
とりあえず振り返り、彼女の目線にしゃがむ。
「……ごめんね。心配させちゃったかな」
宥めるようにそう言うと、**ちゃんは泣きながら僕に抱きついてきた。
「お兄ちゃ〜ん!」
「わ……わっ、」
「お洋服どうしたの?濡らしちゃったの?」
「うん、雨で濡れちゃったから着替えたんだよ」
どうやら、彼女は僕が兄でないとは気づいていないらしい。服もどこかで着替えてきたと思っているようだ。
なんて、単純な。年齢相応、というべきか。
恋人としてならともかく、妹として接するのなら里香ちゃんだってきっと怒るまい。
「よかった……ね、早く帰ろ?お父さんとお母さん、心配してるよ?」
「あー……それなんだけど、2人とも今日は帰ってこないんだって。伝え忘れててごめんね」
「お仕事なの?」
「そ。だから今日はお兄ちゃんの学校の先生のところに、お泊まりしようね」
取り急ぎ五条先生にメールをし、泊まる部屋などを用意してくれるよう頼む。
僕が兄ではないことも、自分の家族はずっと帰ってこないことも、全て彼女には伏せるようにと書き加えて。
『ああ、あの家族の末っ子ちゃんか。こっちでなんとかするよ』
『お願いします。お分かりかと思いますが相手は小学生なので、なるべく安心させてあげてください』
『りょーかい。駅前で待ってるからね〜』
やりとりを終え、駅前への道を歩き出す。
もしあの呪詛師がここにいたら、彼女に全てを教えて絶望させてやればきっと面白いだのなんだのと笑ったりするのだろうか。けれど、僕はそこまで堕ちてはいない。
だから、あくまでも優しく、優しく彼女の手を引いて。
「お泊まりかあ……お母さんもお父さんもいないの、ちょっと不安だよー……」
「大丈夫。**には、ゆうたお兄ちゃんがいるでしょ?」
「……う、うん。お兄ちゃんがいるもんね」
――導いてあげるよ。
そう嘯く僕も結局はあの呪詛師と変わらないのだろうけれど、それはとりあえず考えないことにしておこう。