その景色は虚像
※「ひかり〜」の続きです
※冒頭、少し生々しい
※文章とっちらかってる
※御都合主義
「…大丈夫なのか?」
「うん…平気」
「お前がそうならいいんだが…どうしてだ?薬を飲んだからか?」
私の中心に刺さった硝子の破片が、私の温度でゆっくり融ける。けれどその痛みでさえも、今ならこの身を以て飲み込める。
私の纏う穢れたもの総てが、剥がれ落ちる気がして。
「それもあるけどさ、受け入れてるからかな。雨が総てを洗い流してくれているような――そういう証なんだって」
「おい、それはどういうことだ」
「…例えだってば、」
例えるということ、擬うということ。
それは即ち『そのもの』にフィルターをかけるということ。
『この世界は宝石のように磨かれた幾多の虚像で構成されている』、そうやってフィルター越しに受け入れなければ――そういうものだと認めなければ、いつか本当に駄目になった時に立ち直れなくなってしまう。そうして私の色が濁っていけば、こんなLED式信号機に囲まれた息苦しい世界では生きていけなくなる。
剥き出しの蝋燭の焔が、ホルダー入りのキャンドルの焔より消えやすいのと同じだ。ホルダーに入っていてもいつかは消えるけれど、何かで守らなければそれだけ脆くなる。
思い返せば、リサの時だってそうだった。
カムイとかいう奴が実験か何かのために起こした立てこもり事件の罠に嵌って、サイコハザードで犯罪係数がリーサル判定値になって――部下だったテツくんの手で、リサの焔は消されてしまった。
いずれは誰しもの焔が消されるのだと、改めて思い知らされた。
だから、できるだけ期待なんかしない。虚像だらけの世界なんかに期待したって、仕方ないの。
これは私なりの、自衛の術。
かつての貴方――チカが眼鏡のグラス越しに物事と接していたように、私は例え越しに物事を俯瞰する。
例えというフィルターに頼るのはただの慰め、かもしれない…けれど。
***
私を刺している硝子の破片もじきに融けきるのだからと言い訳して、手に取った瓶の中身は。
「これ、好きだったんでしょ?チカのお父さんがさ、」
「…何故それを?」
「マサオカさんのこと?…前々から知ってるよ?」
チカを取り巻く環境も、提灯のような彼の父親のことも、前々から知っていた。
けれど、私は特に干渉はしていなかった。その沼から彼を掬い上げるのは彼の親友の、シンの両手だと悟っていた。シンはそんなチカに手を伸べて、2人で監視官になって、そこまではよかった。
その後シンが堕ちて、チカのお父さん…マサオカさんとカガリくんがいなくなって、シンが遠くに行って、と思ったら今度はチカ自身が堕ちて――
結局、私は何も出来ていないんだ。――いや、しなかっただけ。
――いけない、いけない。
――そうやって自分を責めたら、また私の色が濁っちゃう。
「親父…」
その言葉に、その声にどんな意味を乗せるのか。
その答えはチカ本人しか知らない――それでいい。理解しようだなんて、私は思わない。
誰かの心を解るのは、その本人だけでいい。
事実、私の言葉を、心象を噛み砕いて*み下すのは、あのマキシマとかいう奴にだってできないだろう。気づくかどうかは別として。――違う。チカに傷をつけた上に彼の父親の焔を消した、そんな奴に私の心が呑み下されて堪るものか。
人間は自らの意志で選択・行動するからこそ価値があり、魂を輝かせることができる――確かにその考えが響かないわけではない。だが、そのマキシマは誰かの焔に薪を焚べて輝かせておきながら、飽きたらそれを自分の手、あるいは自分が操る誰かの手で消している。その行動がどうも私には理解できない。
だが、それを解したとて何にもならない。消された焔がまた燃える事などあり得ないのだから。
「チカ、お父さんがどうかしたの?」
「親父に囚われたままでは…駄目なんだろうか、」
「…どういうこと?」
チカにしては、ぼやけた問いかけをするものだ。
『報告書はできているのか』とか、『またお得意の”刑事の勘”か?』とか…そうやっていつも真っ直ぐに、的確に物事を問う彼にしては、あまりにも抽象的すぎる。
「お前みたいに、そういうものだと見做さなければ、」
「そうやって無理に受け入れなくてもいいと思うよ?私はただ…」
「生きやすいように、そうしてるだけ」
我ながら、冷ややかな応答をしたと思う。
感傷に浸れども、チカのお父さんが帰ってくることはない。
けれど今は留まっていても――無理して押さえ込んで前に進まなくてもいいのかもしれない。
そうだ。私は、誰かに物事を受け入れることを求めてはいない。あくまで私が個人的にそうしているだけ。私というのは、受け入れるために例えを用いるような――理性のために感性を働かせるような、そんな人間だ。鋭い現実を感性で包みながらも、その裏では無意識に理を求めている。
裏を返せば、そうまでしないと非情になれないということだが。
答えを返してからずっと黙っている彼に、話を振る。
「今のチカ、何だかばちばちしてるね。そのままだと焼き切れちゃうよ?」
「お前にはそう見えるか?」
「うん。私にまで燃え移っちゃいそうなくらいには、寂しそうに見えたからさ、」
「…なんとなく言いたいことはわかった。お前は、親父や狡噛の代わりになろうとしているのか?」
違う。私は提灯にも打ち上げ花火にもなれない。
けれど、その2人のように、彼の心を埋めようとしているのは確かだ。すぐにでも焼き切れてしまいそうな彼と共にあることで。
「そうじゃないけどさ、せめて側にいさせてよ、」
「…そうしたら、お前まで、」
「監視官を降ろされちゃう…って?私は別にそれでもいいよ?」
おそらくだが、彼は私が色相を濁らせて執行官に降格してしまうのではないのかと心配しているんだろう。
濁ってしまうのは嫌だが、彼のせいでそうなるなら案外悪くないのかもしれない。
線香花火の先端部の温度は、摂氏370度くらいらしい。それは硝子を融かしていく私の温度よりも、ずっと高い。
きっと線香花火のような彼だって、そうなんだろう。
それならば、もういっそのこと、
「――私ごと焼き尽くしてくれたらいいのに、」