52 幸村式シンデレラ【後篇】




話は桜華が城に到着したところまで進んでいた。
丁度幸村扮する王子と見つめ合うというシーンなのだが、二人とも固まっている。


「(二人共緊張しているな……。仕方ない)『シンデレラと王子は目が合った瞬間運命を感じました』」

「(ナレーションなんてあったっけ?……ああそっか、俺がぼーっとしてたから。うん、ありがとう蓮二)……君、名前は?」

「(そうだまだ舞台上だった……!)あ、えと……それは言えません」

「そっか……何か事情があるんだね。まあいい、俺と踊ってくれないか……?」


幸村はそっと桜華に右手を差し出す。
その手をそっと取る彼女に、幸村はドキドキと煩い心臓を必死に抑えた。
まだ劇の真っ最中なのだ。
これ以上蓮二や皆に迷惑をかける訳にはいかない……幸村はふっと笑うと桜華の腰に左手を回した。


「踊り、上手なんだね」

「あ、そんな事ないですっ……」

「な、何故あいつの時だけ普通の踊りなのだ……!」

「さあ?まあそうかっかすんなっておっさん!」

「おっさんではないわ!可愛い娘であろう!」

「その顔で可愛い娘って……ぎゃはは、ヤベーウケる!」


桜華が幸村のリードで踊っている中、そのすぐ横では真田とブン太によるコントじみた事が行われていた。
そのやり取りに観客が笑っている。
幸村の狙い通りだ。
しかし笑い声の中にうっとりするような空気があるのは、踊っている幸村の姿があまりにも様になっているからだろう。
王子様姿の幸村と踊っている桜華はもう沸騰寸前だ。


「ふふ、顔が真っ赤だね?」

「お、王子様がカッコいいからっ……」

「あなたも凄く魅力的ですよ?……可愛くて、そしてとても綺麗だ」

「!(だめ、舞台上で死んじゃう……!)」


いつもならいちゃついていると言う言葉で片付けられるのだが、今は演技中だと言う事で誰もつっこめなかった。
そのまま少しの間踊っていた二人だが、鐘の音が鳴り桜華が「いけない、帰らなきゃ……!」と声をあげた。


「ごめんなさい王子様!私もう行かないといけないのっ……!」

「そんな、待って……!」

「ごめんなさい……!」


桜華は上手く靴を片方だけ脱ぎその場に放置した。
幸村は彼女が置いていった靴を手に取り、舞台袖へはけて行ったその姿を寂しそうに見つめた。
その横顔がまた余りに美しく正に王子様そのもので、今日何度目か分からない黄色い歓声が体育館に響き渡った。





そして舞台もいよいよ終盤。
幸村とジャッカルが桜華やブン太達がいる家を訪ねるシーン。
突然の王子の訪問に色めき立つ意地悪な姉の役が何とも様になっている……特に柳生が。


「このガラスの靴の持ち主を探している」

「ほお……この靴がぴったり入る者が王子の妃になる確率100%だな」

「ふふ、察しが良いお母様ですね」

「あ、それ俺俺!マジだぜジャッカル嘘じゃねえって!」

「(ブン太に演技は無理だな)……ではとりあえず履いてみて下さい」

「任せろぃ!」


ブン太が足をはめようとしたが、靴が小さすぎて入らず。
次に「私も履かせていただきましょうか」とでしゃばってきた柳生が試すも、やはり入らず。
桜華の足のサイズだから当たり前なのだが。
幸村ははあ……と溜め息をつき、「ここで最後の家なんだけどな」と残念そうに言った。
この時会場にいた女子全員が私も履きたい……!と思ったのは言うまでもないだろう。


「あーくっそーはいらねー!」

「私も無理でしたね」

「他にこの家に娘はいないのか?」

「いねーよ!あ、小汚いのが一人いるけどな」

「シンデレラですか……彼女は舞踏会に行っていません。関係ないでしょう」

「シンデレラ……」


幸村がぽつりと漏らすと、袖から桜華が一番初めの汚れた衣装で出てきた。
そちらに全員の視線が集中する。
ジャッカルが「そこの娘、こちらに来てこのガラスの靴を履いてみるんだ」と促す。
桜華はこくんと頷くと舞台の真中に立ち、ゆっくりと靴に足をはめる。


「王子、これは……」

「ぴったりだね。……シンデレラ、君がもしかして舞踏会の時の……?」

「……はい、あの時一緒に踊らせていただいた者です。あの時は凄く楽しい時間をありがとうございました」

「どうしてシンデレラが舞踏会に!?」

「あれはシンデレラだったのですね……しかしあんな綺麗なドレスどこから……」


ブン太と柳生が訳の分からないというような表情をしながら見ている。
幸村はそれを気にせず、桜華の手をゆっくりとり、片膝を床に付け膝立ちになると、微笑みながら言った。


「あの舞踏会の日、シンデレラ……君に一目惚れをしたんだ。俺の心の中には今君しかいない……君で一杯なんだ」

「王子様……」

「……俺のお妃になってくれないか?」

「……私なんかでよろしければ喜んで、精市王子」

「君が良いんだ、君が好きだ……」


幸村はふっと綺麗に笑うと、桜華の手の甲にそっとキスを落とし立ち上がると、優しく抱き締めた。
こんなシーンは台本になかったよね!?と桜華が内心慌てていると、幸村はそれを察したのかふふ、と小さく声を出し笑った。


「この先何があっても君と俺はずっと一緒だ……何があっても離れない、君を一人にしたりはしない。……だからずっと俺の傍にいてほしい」

「(こんな台詞なかった……!)はい……」

「ありがとう、凄く嬉しいよ、……愛してる、俺だけの可愛いシンデレラ」

「王子、様……!?」


ゆっくりと近付く幸村の顔。
戸惑う桜華は反射的に目を瞑った。



ちゅ。



そして触れ合う唇。
会場からは悲鳴がそこかしこから聞こえ、体育館中に響き渡った。
桜華も何が何だか、今自分に何が起こったのか状況が呑み込めず、ただ呆然とするしかなかった。
幸村はもう一度ふふっと笑うと「誓いのキスだよ、シンデレラ」と言いながら親指でそっと彼女の唇に触れた。
桜華はますます動けずにいた。


「さあジャッカル。早速城に帰って結婚式の準備だ」

「お、おう……!(今の展開は何だったんだ……!)」

「ふふ、行くよシンデレラ」


幸村は軽々と桜華をお姫様抱っこにした。
それも彼のアドリブであり、桜華はもうただ着いていく事に必死だった。
その後柳のナレーションが入り、テニス部提供のシンデレラは幕を下ろしたのだった。
結局最後まで客席の女子達の悲鳴は体育館内に響き渡ったままに。





その頃の舞台裏。
桜華が未だに訳の分からない様子で慌てていた。
幸村はそんな彼女が可愛いらしく、「桜華、どうしたの?」とわざとらしく声をかけた。
桜華はそんな彼を見て顔を真っ赤にしたまま「さっきのは何……!?」と言いながらわなわなと震えた。


「ああ、アドリブも必要かなって」

「でも舞台上でき、キスするなんて……!みんなに見られちゃった!」

「今頃悠樹さんが発狂してそうだね」

「見てたのは理央だけじゃないよ!先生とか他校の人とかいっぱいいたのに……もうっ!変な事はしないでって言ったのに!」

「……見せつけたかったんだ」

「……?」


幸村は小さく呟いたかと思うと、ぎゅっと桜華を抱き寄せた。
彼女は幸村のいきなりの態度の変化に驚きつつも、「どうしたの精市……」と尋ねる。


「……俺と桜華は愛し合ってるんだって、皆に教えたかった」

「どうして……?」

「もう、桜華が苛められて欲しくないから……これ以上、桜華に手を出してほしくないから」

「!」

「だからあのシーンをアドリブで入れたんだ。ごめんね、驚いたよね」

「精市……」


幸村は抱き締めている腕の力を強めた。
彼の中では未だに先日のイジメの事が引っかかっていたようだ。
それで考えたのがこれ。
劇中で思い切りアピールして、自分は桜華がいて迷惑じゃない、好きだからこそ彼女といるのだと言う事を証明したかったのだ。
勿論そこには、だからもう桜華に手を出すな……という牽制の意味も篭っているのだが。

桜華は彼の真意を聞いてほっとしたのか、そっと頭を撫でた。
その手に幸村は驚きつつも何も言わずに撫でられていた。
彼女の前ではつい子供になってしまうのは、誰よりも信頼しているからこそだ。


「ありがとう精市。私の事、そこまで考えてくれて」

「当たり前じゃないか……だって俺は桜華の彼氏なんだから」

「私、精市の彼女でよかった……」

「ふふ、こちらこそ俺の彼女になってくれてありがとう」


幸村はそっとキスを落とすと、「着替えよっか」と桜華を促した。
ちなみに他のメンバーは既に着替えを終えていた。
もう二人の甘い雰囲気は慣れっこなのだ。
いちいち気にしているとこっちが恥ずかしくなる事は既に学習済みである。


「おーい幸村君!俺達そろそろ行くから!」

「ああ、そうだね。また最後の閉会式で」

「桜華達も最後まで楽しんで来い」

「ありがとう蓮二!」

「俺、桜華先輩と回りたいッス……!」

「……赤也、駄目だからね?」

「……ッス!」

「(全く赤也は学習しないな……)」


柳は心の中でそう思いながら、「行くぞ」と声をかけた。
赤也は悔しそうにしながらも幸村には勝てず、ずるずると柳に引かれて行ったのだった。
その姿を見送った二人はすぐに着替え、最後まで海原祭を楽しむ事にした。





先程は回る事の出来なかったクラスの出し物や部活動の展示を見たりと、二人は目一杯海原祭を堪能した。
そして一般客が帰って暫くした頃、体育館では閉会式が行われた。
この場では、来場者や生徒達の投票で出し物、及びそれに準ずる者へ賞が与えられる。
色々な賞があり、商品も様々だ。


「では、これより出し物及び個人に対する表彰を行います」

「(な、何か取れるかな……!)」

「まずは……」


壇上で海原祭実行委員が次々と発表を行っていった。

まずはクラス単位、部活単位の出し物の賞の発表。
そこで桜華達のクラスのわたあめは食べ物の部で満足賞なる賞を獲得した。
桜華は大いに喜んでおり、その賞品がまた立海饅頭である事に更に喜びを大きくした。

テニス部はと言うと、勿論の様に賞を獲得した。
テニス部が呼ばれた瞬間悲鳴が上がったのは決して気のせいではない。
賞品は部費の追加であり、柳は「これで新しい備品が買えるな……」と静かに笑った。


「……次は個人の表彰を行います」

「個人……!」


個人の表彰が始まった。
次々と名前が呼ばれていき、壇上に上がっていく。
そこには元部長の眞下の姿もあり、嬉しそうに笑っていた。
桜華も、「眞下部長だ!」と声に出して喜んでいた。


「……次は、見事な演技を披露したテニス部の演劇の企画・演出・脚本を務めた幸村精市君に、総合演劇賞を与えます」

「精市だ!」

「ほお、流石やのお」

「劇は色々と滅茶苦茶になっていたが……まあ、大方精市の王子様姿にやられた海原祭実行委員の女子が総合演劇賞と銘打って表彰したと言うところだろう」

「でも凄いよ!わあ……ほらほら雅治!精市が舞台に上がってるよ!」

「全く、落ち着きんしゃい桜華(……こうして腕を掴まれるのは悪くないがの)」


閉会式ではあるが、クラス内での列の並びに特に決まりがなく、仲が良い者同士固まっていた。
幸村の名前が呼ばれた事に嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぐ桜華の頭を仁王はぽんぽんと軽く叩いた。
幸村は舞台に上がると、海原祭実行委員から賞状と賞品を受け取った。
そして生徒に向かって一礼すると、壇上から下りた。
その時にまた女子の黄色い声が聞こえたのは、きっと彼の王子様姿を思い出したからだろう。





残り数名の表彰があり、最後にある学長の長い話が終わるとそこで一応海原祭は閉会となる。
片付けは翌日となっているため、今日はこのまま帰宅して良い事になっている。
テニス部レギュラーのいつものメンバーはとりあえず部室に集合する事にしていた。


「精市おめでとう!凄いね個人の賞貰って……!」

「俺だけがこんな……テニス部で賞を貰ってるのに」

「有難く貰っておけ精市。お前のおかげで俺も楽しませてもらったしな」

「うむ。……何故か色んな輩に笑われたが、楽しかった」

「桜華のドレス姿も可愛かったしのお」

「それそれ!あれ似合い過ぎでまじ可愛かったぜ!」

「は、恥ずかしいよ!」

「でも本当に似合ってたよ……あんまり可愛いものだからつい動きが止まっちゃって」

「精市っ」


桜華が褒め言葉に照れていると、幸村が「まあ、いつも可愛いけどね?」と追い打ちをかけた。
更に顔を赤らめる桜華。
そういう所が可愛いんだけどな……と思いつつ、幸村はクスッと笑った。


「ねえ桜華?」

「ん……?」

「今度着るドレスは、俺のお嫁さんになる時のウェディングドレスだね?」

「!」


幸村の言葉に、桜華は「ウェディングドレス……!」とまだまだ未来の事だと分かっていても、ドキドキと胸を高鳴らせてしまう。
その様子を見ながら彼は更に続けた。


「桜華は絶対に俺のお嫁さんになるんだから」

「そ、そうなの……?」

「え?そうじゃないの?」

「あ、えと……うん、精市のお嫁さんになりたい、です……」

「ふふ、よかった」


幸村はちゅっと頬にキスをすると、桜華を抱き締めた。
桜華は幸村に抱き締められながら、恥ずかしくも幸せを感じていた。
まだ未来の事。
だけれど二人にとっては実現出来るような気がしていた。
そう、きっと。


周りで見ていたメンバー達はまた始まった……と半ば呆れつつも、二人はそれ位の方が良いと同時に思ったのだった。



この時はまだこの後起こる事なんて、誰も予想できなかった。


出来るはずが、なかった。






(桜華、顔真っ赤だよ?)
(だ、だって精市があんな事言うから……!)
(俺は事実を言っただけなんだけどな)
(まだずっと先の事だよ……?)
(だけど俺、桜華以外を愛せる気がしないから)
((精市って本当に甘い……!))
(桜華の事だけが好きだから……この先もずっとずっとね)
(((聞いてるこっちが照れる……)))






あとがき

海原祭終了です。
そして、ここから楽しい空気は一変します。
長期にわたり、彼の重要な局面を書いていく事になります。
とても辛いですが、頑張ります。