51 幸村式シンデレラ【前篇】
真田のクラスを周り、他のクラスもひとしきり全部回った桜華と幸村は、お腹がいっぱいになっていた。
何故か全部が全部食べ物系の店を開いており、行く度行くたび度買って食べたため、かなりの量をお腹に入れた事になる。
二人は「いっぱい食べちゃったね」と笑いながら、そろそろ劇の準備をしなければいけないため体育館へと向かった。
「……何これすごい」
「この列ってもしかして俺達の劇を観に来てるのかな?」
「絶対そうだと思うよ……多分みんな精市達のファンの子達だよ」
「まさかこんな行列が出来るなんて思ってなかったな」
体育館に向かった二人は、入口の前に出来ている女子の行列。
人数が数えられないほどの長さ、流石に驚かない訳がない。
ここで幸村と一緒にいる所を見られると、後が怖いような気がした桜華。
幸村も同じ様な事を考えていたようで、その女子達に見つからないように二人はさっと裏口に回り中に入った。
「お、やっと来たのお」
「みんなもう揃ってたんだね」
「早く体育館入っとかねーと大変だって柳が」
「外に物凄い女子の行列が出来ていただろう」
「ああ、見たよ。あれきっとまだ増えるよね……」
「体育館に入れなくなる前に避難しておいた方が良いと思ってな」
「なるほど」
桜華はうんうんと頷いた。
確かにこれ以上遅くに来ていたら、体育館に入る前に確実に幸村はあの場で捕まっていただろう。
それを考えると桜華はやっぱり精市達の人気って凄いなあ……と改めて思わざるを得なかった。
それから幸村達は衣装に着替えさせてもらったり、台本の最終チェックをしたりした。
桜華はとりあえず男子が着替え終わるまで待っていた。
暫くすると、次々と衣装を身に纏ったメンバー達が帰ってきた。
演劇部の人により衣装に着替えさせてもらったのはいいのだが、真田が着替えた後が大変だった。
「ぷ……ちょ、お前、真田っ……やばいそれはっ……!!」
「な、何なのだ幸村!あまり笑うな!」
「ヤベー!!まじで真田お前それは……!!ある意味すっげー似合ってるけど!」
「丸井、言いたい事はよく分かるぞ」
「れ、蓮二!ブン太も言い過ぎだよ!」
「しかしそのドレス……写メとっとこ」
「やめんか仁王……!」
舞踏会に来きている女の子の役なので、当然真田の衣装はドレス。
衣装合わせは個人個人で、リハーサルも都合上ジャージでしたので、全員衣装を着たメンバーを見るのは初めてだった。
真田のドレス姿と言ったら何とも全員のツボに入ってしまったらしく、特に幸村は珍しくひーひーとお腹を抱えて笑っていた。
仁王はちゃっかりその姿を携帯で写真を撮り、その場にいる全員の携帯に一斉送信していた。
桜華はそんな中笑っちゃいけないと思いつつも、見ているうちに段々と面白くなってきてしまったらしく、最後には我慢出来ずにくすくすと笑った。
「ご、ごめん弦一郎……っ、大丈夫、かわ、可愛いよ……ふふっ」
「桜華……!笑い過ぎだ……!」
「ごめんね……ふふっ……でももうっ……!」
「謝るか笑うかどっちかにせんかっ!!」
桜華が笑っていると、「桜華ちゃーん、次お願いね!」という演劇部の女子の声が聞こえたので、それに返事をして彼女は着替えに行った。
桜華が行った後も、その場に笑い声が絶える事はなかったのだが。
「お待たせー!」
「おお、まさに灰かぶり……じゃな」
「ふむ……メイクもきちんと出来ているな」
「演劇部の人が全部やってくれたよ!上手だよねー」
「今の姿もいつもと違って可愛いけど、この後のドレス姿も楽しみだな」
幸村はそう言いながら桜華に近付き、優しく頭を撫でる。
彼女は真田の衣装のインパクトの強さにうっかり忘れていたが、幸村の今の衣装は王子様の正装。
あまりにも違和感なく着こなしている。
まるで本物の王子様が絵本の中から出てきたみたいだ。
そう思いながら幸村を見ていた桜華は、ぽーっと顔を赤くした。
「精市すっごく似合ってる……本物の王子様みたい」
「そうかな?」
「そうだよ!絵本の中から出てきたみたい!」
「ありがとう。何か恥ずかしいけど桜華がそう言うなら嬉しいよ」
「うんっ……カッコよ過ぎて直視出来ない……」
「ふふ、そこまで?……惚れ直した?」
耳元で小さく言われると、桜華は耳まで赤くしてそのまま頷いた。
幸村は満足そうに「可愛い」と呟くと、ちゅっと頬にキスを落とす。
あと少しで舞台に立ちにも関わらずいつもと同じ甘い雰囲気を醸し出している二人に、周りにいたメンバー達は流石……と心の中で思う他なかった。
その数分後。
体育館は解放され、続々とお客が入ってきた。
その大半は女子だが、中には先程桜華を口説きに来た男子もいたりして、男子も少なからずいるようだ。
舞台袖からちらっと会場を覗く桜華。
人で埋まっていくのを目の当たりにし、緊張が高まってしまった様だ。
「うわあ……さっきよりずっと人増えてる!ほとんど女の子だけど」
「凄いね……まさかここまで入るとは思ってなかったよ」
「だって立ち見出るよこれ絶対!」
「桜華、頑張らなくちゃね」
「うんっ……でも流石に緊張が凄いよ……っ」
桜華はバクバクと煩く鳴るそこの前できゅっと手を握る。
そんな彼女の様子を見た幸村は、優しく後ろから抱き締めると、耳元で「緊張が解けるおまじないしてあげるね?」と言って桜華を振り向かせた。
「おまじない……?」
「そう、おまじない……。はい、目瞑って?」
「うん……(何だろう……?)」
不思議がる桜華を他所に幸村は小さく笑うと、「大丈夫、桜華なら出来るよ」そう言ってゆっくりと唇を合わせた。
「せ、せーいちっ……!!」
「ふふ、はい、これがおまじない」
「余計に緊張しちゃうよ……!」
「そう?」
「そう!」
桜華がむう……と頬を膨らませていると、後ろから柳が「そろそろ幕が開くぞ」と言って二人を呼びに来た。
幸村は「桜華、頑張って」そう言って彼女の背中を押した。
「が、頑張る……!」
「うん、ちゃんとここから見てるから。安心していってきな」
「桜華、とりあえずこの位置に座っていろ」
「うん!」
柳に促され舞台の真ん中に座る。
小道具もセットされ、そこにいる桜華は立派な灰かぶりだ。
ドキドキと高鳴る心臓を必死に落ち着けようとしていると、ブーという開演の合図が鳴り響いた。
幕の向こう側がざわつくのが分かった。
「(だめだだめだだめだ緊張するっ……!)」
『大変長らくお待たせいたしました。これより男子テニス部レギュラーとマネージャーによる劇を上演いたします』
「!」
会場にアナウンスがかかる。
そのアナウンスが終わるとこの幕が上がる。
そう思うと桜華は倒れてしまいそうな程の緊張に襲われた。
「(最初の台詞は、えっと……!)」
『それでは、上演を開始いたします。男子テニス部によるシンデレラをお楽しみ下さい』
その言葉と共に、幕がゆっくりと上がっていった。
桜華は上がっていくにつれ、ここまで来たらもうどうにでもなれ!という気持ちが湧いて来たらしく、意を決して会場を見据えた。
『ここはとある街にある至って普通の家。そこにはシンデレラと呼ばれる、名前の通り灰に塗れた女の子がいました』
柳のナレーションが入る。
その時点で会場から黄色い声が上がった。
彼の人気もかなりのものだ。
桜華はそれに負けないようにすうっと大きく息を吸って声を出した。
「毎日毎日同じ事ばかり……お継母様やお姉様達の言う事を聞いて掃除や雑用ばかり……はあ……」
桜華はその後も覚えた台詞を次々と声に出した。
ブン太や柳生、ナレーションを兼ねているが継母役の柳も登場し、その瞬間の歓声も凄かった。
「おいシンデレラ!ちゃんとお……私のドレスは綺麗にしておいたのかよ!?」
「(丸井君語尾が完全に男ですよ……)シンデレラは相変わらずどん臭くて使い物になりませんね。全く、汚い上にこれでは……」
「シンデレラ、今日はお城で精市王子の妃を決める大切な舞踏会がある。今すぐこの子達のドレスを綺麗にしなさい」
「は、はい!お継母様、お姉様」
「早くしろよ!ったく、あー腹減ったー」
「(丸井君……)……出来たらすぐ呼んで下さいね。愚図なシンデレラ?」
「(愚図……何て台詞はなかったように思うが。柳生も役に入りきっていると言う事か)」
舞台上の話はどんどんと進んでいく。
ブン太はかなり台詞を自分流にしてしまっていたが、まあ流れ的に問題はなかったので誰も言葉にして突っ込みはしなかった。
桜華も最初の頃を考えればなかなかの演技を見せており、もう緊張は吹っ切れているようだ。
「何でお姉様達ばかり……私も舞踏会に行きたい……」
「その願い、叶えたろうかのお?」
「だ、誰ですか!?」
「まあ、名乗るもんでもないしがない魔法使いじゃ」
仁王が出てきた瞬間の悲鳴は先程より大きく、桜華は演技をしながらだがははっと苦笑した。
本人は鬱陶しそうにしていたが、一応きちんと演技は続けた。
「でも私こんな醜い姿だし……とても王子様になんか会えないわ」
「お前さん何を聞いとったんじゃ?俺は魔法使いじゃ……その辺は任せんしゃい」
「え……?」
「まあ俺としてはそのままでも十分ええと思うんじゃが……。……よっと」
仁王が杖の様なものを振ると、袖から演劇部の人が出てきて桜華を布で隠して早着替えを始めた。
それを見ていた仁王は、手を顎に当てるとさてどんなもんかの……と面白そうに見つめた。
そして暫くして桜華を覆っていた布が取り払われた。
その瞬間、会場がざわついた。
仁王もかなり驚いたようで、「桜華……?」と思わず声を出してしまった。
「!?」
「精市、凄い顔をしているぞ」
「れ、蓮二だってあれは……」
「可愛いだろう?桜華の衣装だけは内緒で新調してもらった。あと髪はウィッグだ」
「どうしよう、ああもう桜華が凄く凄く可愛い。いやいつも可愛いけど……」
その頃の舞台袖では、舞台上を見守っていたメンバーが桜華の着替えた衣装姿に驚いていた。
幸村は絶対に誰にも見せないような驚いた表情を湛え、そして顔を真っ赤に染めていた。
柳は作戦成功だ……いいデータが取れたなと、内心ぐっとガッツポーズをしていた。
桜華の今現在の格好はというと、フリルが沢山ついた白のドレスに、緩やかウェーブのかかった茶髪のウィッグ、その上にティアラを付け、足元は勿論ガラスの靴……とまではいかないがそれに似せた透明の靴。
先程とのあまりの違いに、思わず見惚れてしまいそうになる程の出来だ。
驚いたままだった仁王だったが、はっと台詞を言わなければならない事を思い出し、気を取り直して演技を再開した。
「それで舞踏会に行けるじゃろ」
「あ、ありがとう魔法使いさん……!(何でこんなにざわついてるんだろう……私今どうなってるの!)」
「そんじゃ俺はこれで。……あ、そうじゃそうじゃ、俺の魔法も万能じゃないんでの、夜の12時を過ぎると解けてしまうんじゃ。気を付けんしゃい」
「分かりました……!」
「ああそれと、城にはこれで行きんしゃい」
「かぼちゃの馬車?」
「ほれ、はよ乗って」
「は、はい!」
「あとはこいつが連れてってくれる。健闘を祈っとるよ」
仁王はそう言い残すと、さっと舞台袖へと消えて行った。
桜華は大道具の段ボールで出来たかぼちゃの馬車の裏に隠れ、そのままはけて行った。
ちなみに馬はジャッカルが担当した。
そして場面は変わりお城のシーンに。
舞台では娘たちがダンス……の変わりに何故かテニスラケットを持った真田達が幸村と対峙している。
しかし衣装は幸村とジャッカル以外はドレスと言う面白衣装なので、会場では幸村の登場に対する黄色い声と同時に、クスクスと言った笑い声も聞こえてきた。
大半は真田に対するものであろうが。
「っ……流石王子。ここまで強いとは……!」
「次は俺ッス!」
「ふふ、受けて立つよ」
本来なら王子はダンスを踊る相手を探しているはずなのだが、幸村と赤也はラケットを持ちそれを交互に振っていた。
言うなればエアーテニスとでも言うべきなのだろうか。
ボールは光で表しており、何とも本格的だ。
「っ……王子強すぎッス」
「誰も王子に勝てねえのかよ……」
「はあ……俺に相応しい女性はいないのか……」
そう幸村扮する王子が額に手を当て溜め息をついていると、華やかな効果音が鳴りぱっと桜華が出てきた。
幸村はそちらをゆっくり見ると、その姿に再び顔を赤らめた。
(俺このまま演技ちゃんと出来るかな……)
心の中でそう思いながら、一歩一歩桜華へと近付いていった。
(精市が緊張している確率97%だな……よりいいデータが取れそうだ)
(どうしよう精市がさっきよりカッコいい……!王子様過ぎてどうしよう……!)
(桜華の変身っぷりには驚きじゃのお……しかし演劇部と柳はええ仕事した)
(お、俺の出番はこれだけなのか……ドレスは必要あったのだろうか)
あとがき
幸村式シンデレラ、エアーテニスは某ミュより。
桜華さんは衣装新調の件は知りませんでした。
いつも通りのご都合主義です。