1 繋がり


「んっ……ぁっ……せーいちっ……あぁっ……」

「っ……」


今日もこうして彼に抱かれている。
でも別にここに愛なんてものは存在しなくて。
ただただ性欲の捌け口であるかの様に、彼の思うがままにされるだけ。
だけど私はそれでもいいと思っている。


(だって私はそれでも幸村君の事が好きだから)




あれは三か月前のある日の放課後。
私は思い切って幸村君を呼び出した。
理由は一つ、彼に自分の気持ちを伝えるために。
彼は忙しい中ちゃんと来てくれた……それだけでも嬉しくて胸が高鳴った。
でもそれと同時にこれから彼に告白するんだと思うと緊張で吐きそうにもなった。


「(でも頑張らなきゃ……!)ゆ、幸村君忙しいのに来てくれてありがとう……!)」

「大丈夫だよ。……で、話って何かな?」


こんな呼び出し日常茶飯事で慣れているであろう幸村君。
優しく微笑んでいる彼はやっぱりかっこよくて。
慣れていても、一応はそうやって要件を聞くんだなあと思った。
悠長にそんな事を考えていたけれど、よく考えたらそんな事考えている場合じゃなくて。
私は意を決して彼に言った。


「……あのね、そのっ!私ずっと幸村君の事が好きで……!」

「そうなんだ」

「だから、私と付き合って下さいっ……!(言えた……!頑張った私……!)」

「……」


目の前の幸村君は一瞬目を見開いたものの、すぐにいつもの表情に戻した。
返事は告白する前から分かりきっていた。
だって私みたいなのが幸村君と付き合える訳がないし、第一ほとんどと言っていい程接点がない。
私の存在を知っているかさえ怪しい位だ。


「(幸村君何も言わない……)あの、幸村君……?」

「ねえ、そんなに俺と付き合いたいの?」

「え……?それはその、付き合えたら嬉しいなとは思ってるけど……」

「ふーん……」


さっきまで綺麗に微笑んでいた幸村君は、口端を上げそれこそにやりと笑った。
その表情が指し示す意味が分からずきょとんとしてしまう。
しかし幸村君はその表情を崩さずに、楽しそうに言った。
彼の言葉、それは私にとって嬉しくて残酷な一言。


「身体だけの関係ならなってもいいよ」


そう、この一言から全てが始まった。



幸村君と身体だけの関係になる事を私は了承してしまった。
普通ならそんな事しないのだろうけど、それ程までに私の中の幸村精市と言う人物への気持ちは大きくて。
身体だけでも彼と繋がっていられるのであればそれでもよかった。

初めて抱かれた日。
処女であった私は幸村君に迷惑をかけてしまった。
彼の家の、彼のベッドのシーツを血で染めてしまったからだ。


「あーあ……これじゃもう使い物にならないな」

「ごめんなさい……っ」

「いいよ別に。予備が幾つかあるし。ねえ、初めてが俺でどんな気分?」


意地悪に聞いてくる幸村君。
どんな気分かなんて……そんなの決まっている。


「嬉しいです……」

「そう。桜華は気持ちがない俺に処女奪われても嬉しいと思うんだ」

「……」

「……まあいいやそんな事。とりあえずこれからもよろしく。俺の呼び出しは絶対だから……いいね?シたい時にさせてくれないと駄目だから」

「うん……(分かってるよ、そんな事)」


幸村君にそう言われて心の何処かで喜んでいた。
だって、これからもよろしくだって。
一度抱かれて捨てられるかもしれないと不安に思っていた分、少しほっとした。
それももう完全に毒されている証拠。
こんなのおかしいって、みんなには絶対に言われるんだろうけど……それでも……。


(この関係を続けていれば幸村君とずっと繋がっていられる。例え身体だけでも、彼とこうして二人きりで会えるのならそれでいい)


身体は痛むけど、思ったより心は痛まなかった。
この時は、まだ。




「ねえ桜華は知ってる?」

「何を?」


突然友達に尋ねられた。
返事をするとまるで悪い事でも考えているかの様な表情で楽しそうに喋りだす。


「みんな怖がって……と言うか、暗黙の了解で言わないみたいなんだけど……」

「?」

「幸村君ってさ、今彼女が二人いるらしいよ」


ああ、その話か。
知らないはずないじゃない……と心の中で思うけれど、決して口にはしない。
私が彼に告白した後すぐに何故か突然付き合い始めた幸村君。
二人って言うのは意味がよく分からないけれど、可愛い子に囲まれたかったのだろうか?


「そうなんだ……」

「でね、その二人の彼女なんだけど順番があるらしくて……。一番は、学年一美人って言われてるほら、幸村君と同じC組の……」

「ああ、あの……ミス立海にも選ばれてた人だよね……?(知ってる知ってる)」

「そうそう!まあ納得だよね美男美女でお似合いって言うかさ。……で、二人目はA組の、ほら、読モやってるって有名な子」

「あー……(それも知ってます)」

「その二人と付き合ってるんだってさ!流石幸村君だよね……学年の人気ある女子二人と付き合ってるなんてさ。いや、二人と付き合ってるって言うのはどうかと思うけど」

「はは……」


乾いた笑いしか出てこない。
全部知っている話だけれど、知らないふりをするのは大変だ。
別に知っている体でもいいのだけれど、でも知らないフリしとく方が無難かなって。
とりあえず私の事はまだ知られていないらしい、それだけは安心。

大体、そのラインナップの中に自分が並ぶなんてどう考えても無理だ。
顔面偏差値があまりにも違い過ぎる。
片や全校生徒に美人だと評された子。
片や雑誌に載ってそこそこの知名度のある子。
そして平凡な私。
何もかもが違い過ぎて、悲しくすらならない。


(それに私は幸村君の彼女じゃないんだよね)


そう、彼女と言う綺麗なものではない。
セフレ、……ううん、それこそただの性欲処理機程度の存在だ。
一人の女として扱われているのかも謎で、だけど考えるのは次いつ幸村君に呼び出してもらえるのかなという事。
私の感覚も狂っている。


「なーに話してるんだよ!俺も混ぜて混ぜて!」

「わ、丸井君!」

「どうしたのブン太、びっくりしたあ」

「だって何か二人してこそこそ話してたから、気になるじゃん?」

「女子のひそひそ話が気になるなんて、ブン太はだめだね?」

「え、ダメなのかよ」

「ふふ、もう少し女心を分からないとね?……ブン太のお話してたかもしれないよ?」

「マジ?」

「今はしてないけど」

「何だよ!まあいいや、俺もいれて〜」

「はいはい」


突然やってきたブン太に驚く。
大丈夫かな?さっきの話聞かれてないかな?
だってブン太は幸村君と同じ部活で同じレギュラーで、それでいて何かと仲がいいように思う。
だからそんな彼の噂話をしてたなんて知ったらどう思うか。
ブン太は幸村君の彼女の話知ってるのかもしれないけど。


「あっ!いけない私部活の先輩の所いかなきゃいけなかったんだ……!」

「そうだったの?じゃあ早く行って来なきゃ」

「うん!丸井君桜華の事よろしくね〜!」

「おう!任せとけ!」

「私は子供じゃないんだから……もう」


友達は「ばいばい!」と言って颯爽と行ってしまった。
ブン太と二人になる。
でも彼とこうして二人で話すのは堪らなく好きだ。
一年の頃から腐れ縁のようにクラスが離れず、結局三年間一緒だった。
だから必然的に仲良くなって、男女の友情は成立しないなんて言うけど私とブン太はお互いが認め合う親友だ。


「なあなあ、今日のお弁当何持って来たの!?」

「今日はね……かぼちゃの煮物と、ハンバーグと……ポテトサラダにブロッコリー、あと卵焼きかな?」

「いいね!今日もおかずくれよな、桜華の弁当超美味いからさ、本当毎日そのために学校来てるって感じ」

「いやそれは大袈裟でしょ。テニスも勉強も頑張ってくれないと……もう、ブン太は本当に仕方ないなあ(とか言いつつ、ブン太が好きそうなものつい作っちゃうんだけどね)」

「へへ、サンキュ!あ、じゃあこれいつもの」

「これで喜んでる私も私なんだろうけど」

「桜華がこれ好きなの知ってるからな!」

「ブン太だって好きでしょ。と言うか、ブン太がくれたから好きになったんだよ」

「あ、そっか」


ブン太がいつもくれるのは、グリーンアップル味のガム。
彼がいつも噛んでいるそれをおかずのお礼として貰うのが最早日課になっている。
一年の頃に貰ってからずっと自分の中でもお気に入りで、自分で買おうかとも思ったんだけど買った事はない。
ブン太から貰うのが好きだから、いつもそれを待っているのだ。


(自分で買って食べるより、ブン太からこうして貰って食べる方がずっと美味しい気がして)


私は早速包み紙を開け、甘い匂いのするガムを口に含んだ。
爽やかなりんごの味。
いつもブン太からする匂いと同じ匂いを感じて、不思議といつも嬉しくなる。
幸村君とはまた別の意味で、ブン太の事は大好きだから。


「うん、やっぱり美味しい」

「桜華も買えばいいのに、このガム。購買にも売ってるぜ?」

「ううん、ブン太から貰いたいから買わない事にしてるの」

「そ、そうかよ!ま、それならいいけどな!」


一瞬目を見開いたブン太。
だけど次にはまたいつものブン太に戻ってて。
さして気にする事でもない気がして、私はいつも通りに振る舞った。


「……」


この光景を、廊下から見られていたなんて知らないままに。



(ブン太、ちょっとお菓子持ってき過ぎ!)
(い、いいだろぃ!これだけあっても足りないから!)
(ええ!病気になっちゃうよ……)
(大丈夫!テニスしてるから!)
(そう言う問題!?)
(おう!)




あとがき

短期集中連載です。
久し振りにやるのでどんな感じになるか自分でもドキドキです。
幸村君vsブン太。
温かく?見守っていただけると幸いです。