2 知ってるんだ


『今日よろしく』


その六文字が私と幸村君を繋ぐ。
今日は真っ直ぐ帰って、家でやる事があったんだけどなあ……と、そんな事を考えてももう無駄で。
彼からの呼び出しは絶対。
この一回を断ってしまえば、きっと今日限りで終わってしまう、安い関係。
そんな関係であっても、彼と繋がっていられている事には変わりない。
幸村君以上に優先する用事なんて、今の私には存在しないのだ。


(今日は機嫌よかったらいいな……)


彼のご機嫌を心配しながら、鳴りだしたチャイムに慌てて携帯をしまった。




「幸村君……」

「……何」

「(どうしよう……めちゃくちゃ機嫌悪いなあ今日)」


放課後、いつも通り幸村君の家に向かった。
いつも待ち合わせている場所があって、彼の家のすぐ近くの公園で待っているとそこに来てくれて一緒に家に入る。
一応はいつも「お待たせ」やら「行こうか」やらと何かしら一言かけてくれる幸村君だけど、今日は目も合わそうとしない。
完全にご機嫌斜めだ。
今日は酷くされそうだなあ……何て思いながら、彼の三歩後ろを歩きながら考えた。




「……」

「わっ……ちょっと幸村君っ……」

「少し黙っててくれるかな……煩いよ」

「んっ……!」


部屋に着いたと思ったら、腕をグイッと痛い位に引かれてベッドに放り込まれた。
その上にギシッ……と音を立てながら跨ってくる幸村君。
私を見下ろすその瞳にはまるで感情が篭ってないようで少し体を強張らせてしまうけど、幸村君はそんなのお構いなしに続ける。


「んっ、ぅっ……ふ……」

「ん、はっ……っ」


噛み付くようにキスをされて、息が苦しい。
きっと私が苦しいのだって分かっているんだろうけど、幸村君は止めてくれない。
私の咥内を舌で犯してくるその感覚に、それでも何か喜びを感じていて。
ああ、自分は本当におかしくなったんだなって頭の中では冷静にそう思う。

貪り尽くしたのか、ようやっと唇を離した幸村君。
はあはあと荒くなった自分の息を整えながら彼の顔を見ると、そこには何故か思ってもいなかった表情があった。


「ね、幸村君……」

「……」

「どうしてそんな苦しそうな顔してるの……?」

「っ……そんな顔してないから。勝手に思うの止めてくれないかな」


そう言ってそっぽ向いた幸村君。
息が苦しいとかそんなんじゃなくて、心が苦しいってそんな表情……あんな露骨な顔誰だって分かるよ。
幸村君は案外顔に出やすいタイプだなあなんて少し可愛く思えて。
だけどやっぱりその表情の意味が分からなくて、私は頭に疑問符を浮かべるしかなかった。


「……今日の桜華は少し煩過ぎるね。声を出すのはセックスしてる間だけにしてくれる」

「ぁっ……や、幸村君っ……」

「いつも通りだけど……優しくなんかしてあげないから。それに桜華?……シてる時は俺の事何て呼ぶんだっけ?」

「っ……せーいち……」

「次幸村君って呼んだらもっと酷くするから」


声を低くして言いながら、制服の中に手を忍ばせてくる幸村君。
直に触れる彼の手の感触に思わず声が出る。
優しくなんてしてあげないなんて言いながら、それでもその手は温かくて安心する。
乱暴に下着ごと服をたくし上げられ露わになる胸。
明るい部屋で恥ずかしさでいっぱいになるけど、今彼の視線を独り占めしているのは自分の身体なんだと思うとそれだけで興奮して。
セックスの時だけ名前で呼ばせる彼のそういう所も愛おしくて。
何度だって同じ事を言うけど、やっぱり私はおかしい。
幸村君の事が好き過ぎる。


(乱暴にされても、何されても……幸村君に抱かれてるだけで満たされるから)


身体を這う手に舌に敏感に感じながら、段々と虚ろになる思考の中そう思った。




「おはようブン太」

「おっ!おはよう桜華!」

「今日も朝から元気だね。ブン太見てると本当元気出る」

「だろぃ?桜華が元気が出るように、俺は元気でいるんだよ!」

「ふふ、何それ?でも嬉しい。ありがとうね」

「おう!」


教室でのいつもの挨拶。
ブン太は相変わらず元気で明るくて。
そんな姿を見るだけで自分も元気になって、一日頑張ろうって気持ちになる。
昨日の幸村君との事なんてつい忘れそうになる程に。


「なあなあ今日の数学の宿題なんだけど……」

「分かってるよ、はいどうぞ」

「あーもうまじでありがとな!神様桜華様……!」

「ブン太ともう三年の付き合いなんだから。って言うか毎回その神様桜華様って言うのやめてっ」

「へへっ!桜華の反応が面白いからやめねー!」

「もう……」


ブン太といると本当に自然でいられる。
本当はこう言うのが普通の彼氏彼女の姿なんだろうなって。
幸村君とこんな風になれたら、どれだけ幸せなんだろうって。
でも考えるだけ無駄。
私と幸村君がこんな風に自然に笑いあえる日はきっと来ない。


(そもそも私と幸村君は付き合ってるとかそう言うのでもないんだもんね……。彼にしたら都合のいいただの女の一人だ)


空しくても、それを受け入れているのは自分自身だから何も言えなくて。
でも自然に私に微笑んでくれる幸村君を想像したら何だか胸が熱くなって、泣きそうになって。
ああ、やっぱり私はそれを心のどこかで望んでるんだなって思ってしまった。


「あ、幸村君おはよう!」

「おはようブン太」

「!」


ブン太が声をかけたのは、窓の外にいる幸村君で……思わず顔に出してしまいそうになる。
ブン太は幸村君の方を見ているから何にも気付いていないみたいでよかったけど、心臓がどきどきと煩い。
廊下にいる幸村君は爽やかな笑顔でブン太と話している。
やっぱりいつもはああいう表情なんだよねと、知っているけど悔しい程かっこいいなと感じてしまう。
私には絶対に向けてくれないその表情を無意識に見つめていると、それに気付いたのかばっちり彼と目が合った。


「俺の顔に何かついてるかな?」

「え?あっ……えっと、いや、何でもないよ!ごめんね……!」

「ふふ、別に気にしてないよ。可愛い子に見つめられて嬉しいなって思っただけ」

「(嘘ばっかり。……後で何言われるか分からないなあ)」

「もう幸村君、早く行かないと遅れちゃうよ?」


突然の女の子の声にはっとする。
私からは死角になって見えていなかったけれど、幸村君の隣には彼女さんがいて。
その子は確か……ミス立海の子。
と言う事は、実質幸村君の一番目の彼女だ。
本命と言う言い方が正しいのかもしれない。
彼女に腕をくいくいと引かれている幸村君。
でもやっぱり顔は凄く可愛くて美人で……幸村君の隣に立っていても見劣りしない。
悲しいけど、自分とは天と地ほどの差がある。
そりゃ、幸村君だって顔がいい方がいいに決まってるよね。


「……ああ、そうだね。じゃあブン太俺行くね」

「いーなー幸村君そんな可愛い彼女いてさ!超羨ましい!」

「ブン太だってモテるんだから作りなよ。すぐ出来るでしょ?それとも作らない理由でもあるの?」

「俺は……」


ブン太は何故か少し暗い表情になって幸村君から目を背けた。
幸村君はその意味を分かっているかの様な顔をすると、「じゃあね、また部活で」と一言言って行ってしまった。
幸村君が去ってからと言うものの、ブン太の元気がない。
どうしたんだろう。
彼女作るって言う話がそんなにブン太の地雷だったのかな?


「ねえブン太どうしたの……?さっきから暗いよ?明るいブン太君はどこに行ったのかなー?おーい」

「……」


そう声をかけるも、ブン太からの反応はなし。
珍しい……こんな事もあるんだなあ。
でも何だか寂しくなってきちゃって、それでいてブン太の気持ちも知りたくて、そっと頭を撫でてみる。


「よしよし、何かあったなら聞くよ?」

「……なあ桜華」

「んー?」

「俺さ、知ってるんだ」

「知ってるって?」


私の疑問に、ブン太は顔を上げ真剣な顔で私の事を見た。
そんないつもとは違うブン太にどきっとする。
何を言われるんだろうと少し恐る恐るではあったが、ブン太の事だからそんな大した事じゃないってどこかで甘く見ていた。
だけど、予想は全然外れて。


「桜華が幸村君に抱かれてるって事」


私は頭の中が真っ白になるのを初めて感じた。





あとがき

幸村君とブン太と、ここからが始まりと言う感じです。
ブン太の明るさには絶対に助けられるんだろうなあと。