・世界がなくなる日
「明日世界がなくなるとしたら、精市は何したい?」
学校からの帰り道。
唐突に精市にそう聞くと、精市は首を傾げながら訝しげに私を見つめて言った。
「何でいきなりそんな事聞くの?何か意味でもあるの?」
「いや、意味とかは特にないけど……なんとなく気になったから聞いてみただけ」
「ふーん……」
精市は顎に手を乗せ考える素振りを見せた。
この質問、私の中ではすごくベタな質問だと思っていたんだけど、精市の中では違うのだろうか?
今日友達に、「幸村君って明日世界がなくなるとしたら何したいって聞いたら何て答えるんだろうね?」って言われて、何となく気になった。
結構ベタな質問だし、軽く聞いてみようと思って今聞いたわけなんだけど……どうしよう、精市が凄く真剣に考えてる。
私の考える精市の答えは、やっぱり家族と過ごす……とかだと思う。精市は凄く家族思いだし、精市の家族も凄く精市を大切にしているから。
幸村家は本当に仲が良い。
暫くすると精市は「あっ」と閃いた様な声を出して楽しげに答えた。
「桜華とセックスかな?」
「それだけ考えて答えがそれか!この万年発情期!」
「失礼だな。男は皆万年発情期だよ。俺だけじゃない」
「そういう事じゃない!もう……もっとあるでしょ?明日世界がなくなるんだよ?わ、私とそ、そんなやらしい事……」
「セックス?」
「濁してるのにはっきり言うな!そんな事してちゃだめでしょ」
「えー」
「えーじゃないよもう……」
精市はぷっくりと頬を膨らませながらぶーぶーと文句を言ってるけど知らないフリ知らないフリ。
ちょっとの間放っておくと、精市はまた考え出したようで小さく唸っていた。
次はまともな答えが返ってくるだろう事を期待して待っていると、精市は本日二回目、閃いたらしい声を漏らし言った。
「世界がなくなる前日は家族と過ごしたいかな……母さんとか父さんとか妹とか、お祖母ちゃんも皆大切だしね」
「やっぱり精市ならそう言うと思ったよ。むしろ、その答えが精市からでない確率は0%だった、私の中で」
「桜華はいつから蓮二みたいに確率で物事を考えるようになったんだい」
「別に、ただマネしてみただけ。ほら、頭良く見えるでしょ?」
「中途半端過ぎて逆に馬鹿っぽい」
「そんな事ないよ」
「あるある、俺が言うんだから絶対だよ」
「……何の自信、それ」
「え?……神の子としての自信かな?」
「あ、聞いた私が馬鹿だった」
精市に言葉で勝てるはずがないのに(言葉以外でも勝てないけど)、反論した私は馬鹿だった。
精市はそんな私を見てくすくすと愉快そうに笑っていた。
悔しいけど、こんな風に精市に弄られるのは嫌いじゃない。
どっちかって言うとSっぽい私だけど、精市の前になるとどうも駄目らしい。
(何だかんだ精市に弄られて楽しんでる自分がいるのは本当だもんね)
そんな事を考えながら歩いていると、頭上から精市の「でも…」という声が聞こえてきた。
「でも……」
「でも、何?」
私が当然の如く聞き返すと、精市は私と視線を合わせる様に少ししゃがんで、そして言った。
とても優しい表情、優しい声で。
「世界がなくなる日には、ずっと桜華といたい」
一瞬精市の言った事の意味が全く分からなかったけど、次第に理解しだした私の顔はみるみるうちに赤くなっている事だろう。
自分じゃ確認出来ないから分からないけど、顔が熱を持っているのは分かる……すっごく熱い。
精市はそんな私の反応を見て満足気に笑っている。
からかわれている訳ではないと思うんだけど……何だか少し悔しい。
「せ、精市何言って……!」
「何って、最初に桜華が聞いてきたんだろう?」
「いやそうだけど……!」
「だから、世界がなくなる前日は家族と過ごしたいけど、世界がなくなる当日は桜華と過ごしたい…最期に桜華が横にいてくれるなら、世界がなくなる事位何て事ないよ」
「せーいち……」
「俺は、桜華と一緒にいる事が何よりも幸せだから」
「うん……」
「それにこの世界がなくなったなら、新しく俺と桜華の世界を作ればいいんだから、何も問題はないよ」
そう言って精市は軽くキスをすると、ふっと笑いながら私の頭を優しく撫でた。
そういう風にされると、私がもう何も言い返せなくなるのを分かっていてする精市はずるいと思う。
言い返せなくなる私も私だけど……それだけ精市が好きなのも悪くないなんて、私は相当な精市馬鹿だ。
「……やっぱり私は馬鹿だ」
「え?何か言った?」
「別に何にも!」
「ふふ、俺は桜華馬鹿だよ。自信ある」
「そんな自信いらないよ」
「俺にとっては最高のステータスなんだよ」
ああもう、精市には一生絶対に敵わない。
(……大好き精市)
(うん、俺も桜華の事大好きだよ。……愛してる、誰よりも)
(ばか……)
(だから馬鹿なんだよ、桜華馬鹿)
(……私も、精市の事愛してる)
(うん、素直でよろしい)