・うらはら

「ゆ、幸村君おはようっ……!」

「ああ、おはよう」

「これ、作ったんだけどよかったら食べてくれないかな……?」

「ありがとう。有難くいただくよ」

「きゃーっ」

「幸村君私もー!」

「ふふ、焦らないで?順番にね?」


この時間に廊下が少し煩くなる理由は、いつも決まっていて。
立海大附属中学で一番有名だと言っても過言じゃない彼、幸村精市が登校してきたから。
廊下にいる彼はさっきまでテニス部の朝練をしてきたとは思えない程に爽やかで、相変わらずかっこいい。
私にあんな大胆な事は出来ないけど、だけどやっぱり少し羨ましいと思ってしまう。


(あんな風に素直に幸村君に向かって行けたらもう少し気楽なのかなあ……でも自分に自信ないからなあ。あの子みたいに可愛くないし)


大きな大きな溜息一つ。
幸村君の事を思うと溜息しか出て来なくて。
いつもの様にマイナスな事ばかり考えてしまう。
もっと可愛ければとか、もっと性格が良ければとか……自分に自信が持てなさ過ぎて悲しくなる。
幸村君の事を好きな気持ちは、他の子に負けないくらいあると思っているけど。


「おっはよー桜華!」

「おはようさんじゃ」

「おはようブン太、雅治。今日も元気だね」

「やっぱ元気が一番だろぃ!桜華は元気じゃねーのかよ」

「まあぼちぼちかな?」

「俺は朝練でくたくたじゃ」

「そうは見えないけど」


同じクラスで、幸村君と同じテニス部の二人。
何でか分からないけどいつの間にか仲良くなってた。
そして彼等には色々とバレてしまっている。
私そんなに分かりやすい態度してるのかな?


「まーた幸村君の事見てたのかよ」

「見てたって言うか……うん、だって廊下が騒がしいからつい見ちゃうでしょ」

「ほんに女子達も毎日飽きんのお……」

「羨ましいけどね、ああいう風にがつがついけるの」

「でもいいじゃん、桜華はさ。幸村君どうせこの教室寄るし」


そう、彼は何故かいつもこの教室に寄ってから自分の教室に向かう。
特にブン太や雅治に用事がなさそうな時でさえここに寄り道していく。
理由は全然分からないんだけど、何かルーティンの一環の様なものなのかなとも思う。
だから、私からああいう風に行かなくても彼と話が出来てしまうのだけれど……それはそれで困りもので。
それは私の性格のせい。

私達の教室に入ってきた幸村君は、最初にブン太と仁王の所に行って軽く話をする。
さっきまで部活で一緒だったのにまだ何か話す事があるなんて、仲が良い事。
だけどたまにブン太と仁王の視線が私の方に向いてにやにやとしている顔が見えるのが気になる。
それやめてっていつも言ってるのに。

はあ……と溜息をついていると、今度は私の所に来る幸村君。
これももうお決まりだ。


「おはよう桜華」

「おはよう幸村君。今日も廊下、騒がしかった」

「ああ、ごめんね?……今日も桜華は相変わらずだね?」

「……喧嘩売ってるの?(ああもうこういう所が可愛くない)」

「そんなつもりはないよ。でもそんなむすっとした顔してちゃ折角の可愛い顔が台無しだよ。俺にもブン太や仁王に見せてる可愛い普段の桜華見せてよ」

「これでも普通にしてるつもりなんだけど」

「全く、桜華はつれないなあ」

「それでも結構」


そう、それは彼と普通に話せない事。
好きだからこうして話せるのは楽しいし、可愛いなんて言われて嬉しくない訳がない。
だけど自分に自信がなくて、どうしても普通に出来ない。
本当の自分を隠して偽っている事で何とか幸村君と話せている状況。
それ故に言いたくない事や言わなくていい事ばかり言っちゃう。
可愛くない自分、こんな自分が私は好きじゃない。


(もっと普通に幸村君と話せたら、きっと楽しくて仕方ないんだろうなあ……でもそんなの私には夢物語だ)


「ねえ桜華はどうして俺にはそんな態度とるの?俺がこうして来るの迷惑?」

「頭の良い幸村君なら察してくれると思ってるんだけど」

「……じゃあ俺がこうして毎日桜華に会いに来る意味も、賢い桜華なら察してくれてると思ってたんだけどな」

「え……?」


私が幸村君の言葉にきょとんとしていると、丁度予鈴がなった。
「ああ、もう行かなきゃ」そう言って彼はあっという間に私の前からいなくなって。
それでも私は暫く考えた。
彼が私に会いに来る意味?そこに意味なんてあったの?
て言うか、ブン太や雅治に会いに来るついでじゃないの?
そう言えば今まで当たり前に様に来ていたから、そんな事考えた事もなかった。


「よく分かんないなあ幸村君……」


私はそう呟くしかなかった。




その日のお昼休み。
もうお弁当は食べ終わり、少しの睡魔に襲われ机に突っ伏して目を閉じていたその時。
肩をトントンと誰かに叩かれた。
人が眠ろうとしてるのに……一体誰?
そう思って少し不機嫌な顔のまま顔を上げると、そこにいたのは何故か幸村君だった。


「……何、幸村君」

「起こしてごめんね?でもその様子だとまだ寝ようとしてたって所かな?」

「人の睡眠邪魔しないでほしいんだけど……」

「ちょっと桜華に話があってね」

「私に?朝も話したのに」


何なんだろう、お昼休みにまで私の所に来るなんて。
話したい事?全然思いつかない……。
だけど目の前の幸村君は綺麗に微笑んでいて。
……やっぱりかっこいい。


(あーもう、素直にそれを幸村君に伝えられたらどれだけいいか)


自分の性格上絶対に無理な事を考えると自然に溜息が漏れる。
それに幸村君は敏感に反応して、私に声をかけてくる。


「溜息ついてどうしたの?」

「いや、別に……ちょっと考え事してただけ」

「そう、ならいいんだけど。……で、話したい事って言うのは、今度の休み二人で何処か遊びに行かないかなって言うお誘いだったんだけど」

「え?私と?」

「そうだよ」


まさか幸村君に遊びに誘ってもらえるなんて。
嬉しい嬉しい、すっごく行きたい!
これってデート?付き合ってる訳じゃないからデートとは言わないのかな?
でもそんな事どうでもよくて、ただ幸村君と遊びに行けるなんて幸せだなって思った。


(だけど、駄目だ……私には無理だよ)


自分に自信のない私が、そんな事出来るはずもなく。
こんなのが幸村君と一緒に遊びに行ったなんて知れたらどうなるか分かったものじゃない。
それに、今も何だか女子からの視線が痛い……。
私なんかが朝だけじゃなく昼にも幸村君と話してるからだよね、むかつくんだよね。
もっと可愛ければ、もっと彼に見合う女の子であればこんな事考えなくてもよかったのかな……なんて。


「ねえ、どうかな?行ってみたい所もあるし、桜華とも遊んでみたいんだけどな」


そう言う幸村君。
私と遊んでみたいかあ……私だって幸村君と遊んでみたいよ。
だけどだめだよ私なんかじゃ。
そう考えてると何だか段々悲しさが募って来て、苦しくて……幸村君の事が好きなのに、今はどうしても彼の誘いに乗る事が出来なくて。
自分自身に苛々して、つい口に出してしまった。
彼に絶対に言いたくなかった事。


「あのさ……」

「何かな?」

「……何で幸村君は私になんか会いに来るの?幸村君とこうして話しているせいでファンの子達から変な目で見られる事もあるし、そういうの嫌なの。正直言って迷惑……!私は幸村君の事、大嫌いだから……!」


ああ、言ってしまった。
目の前の幸村君は流石に驚いた表情をしている。
そりゃそうだよね、いきなり迷惑とか、嫌いとか言われて……何なんだよこいつって感じだよね。
どうして私はこんな可愛くない事しか言えないんだろう?
自信がないにしたって、もっとやり方があるはずなのに。
自分から自分の大好きな幸村君を遠ざけてどうするつもりなの?


(もう自分自身何がしたいのか分からないよ……)


言った事に後悔していると、幸村君は少し寂しそうな表情をして私を見た。
こんな顔をさせてしまったのも自分かと思うと胸が苦しくなる。
今すぐ謝らなきゃ、そう思っても言葉が口から出てこない。


「桜華がそんな風に思ってるなんて全然知らなかった。……迷惑ばかりかけてごめん。嫌いな俺がいつも来て嫌だったでしょ?」

「っ……」

「本当にすまない。じゃあ俺行くね?……嫌いなのにいつも相手してくれてありがとう。俺は桜華と話すの凄く楽しかったよ」


そう言うと、幸村君は行ってしまった。
私の中で何かが壊れる音がした。
ぼろぼろと崩れ落ちて止まらない。
ただ去っていく幸村君を見ている事しか出来ない私は、やっぱり弱い人間で。
自分に自信がないってだけで、あんな風に人を傷つけてしまうなんて。


(最低過ぎる……。もう私に幸村君を好きでいる資格なんてない)



次の日から、幸村君は朝私の元に来なくなった。
当たり前の話なんだけど。
嫌いって言われてまた来る訳ないよね……私の中の後悔はどんどんと大きくなる。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。


(ブン太達とは話してる……いいなあ、私も話したいな……)


楽しげにブン太と雅治と話している幸村君を見ているだけで苦しくなる。
私はその苦しさから逃れたくて、気を紛らわせるように机に突っ伏した。




幸村君が来なくなってから一週間。
想像以上に寂しい。
彼の声は毎日のように聞いている。
姿も見ている。
だけど、私と幸村君が話す事は一度もなければ、彼が私に目を向ける事もない。
一週間前とは比べ物にならない程の落差。
あの頃の自分がどれ程幸せだったのかを思い知らされる。


(好きな人と話せてた私は幸せだったんだなあ)


寂しさが募るその心の中で呟いても、それが彼に伝わる訳なくて。
だけどもう私から話しかけるなんて事は出来ないんだ。
あんな事を言ってしまったのだから。


放課後。
雑用を終わらせ、少し遅くなったなあと思いながら下駄箱に向かうため人が疎らな廊下を歩いていると、目の前に会いたくて、でも会いたくなかった人物がいた。
何でこんな所にと思いながら、思わず名前を呼んでしまう。


「幸村君……」

「桜華?」


彼は気付いたのか振り返ると、優しく微笑んでくれた。
嫌いだと言われたのに、そんな風に笑ってくれるんだと心の中では嬉しくて堪らなかった。
だけど喜んでいる場合じゃない。
私はこの状況にハッとし、自分から絡んだくせにその場から逃げようとした。
しかしそれは許されなかった。


「ねえ桜華、桜華は本当に俺の事が嫌いなの?」

「!」


幸村君に腕を掴まれてそう言われた。
思わず彼の顔を見ると、全てを見透かしているような蒼い瞳が私をじっと見つめていた。


「っ……そう、だよ」

「本当に?」

「だから、本当で……!」

「……大丈夫だから桜華。俺は分かってるよ」

「!」


幸村君の表情は優しかった。
分かってるって?どういう事?
だけどもうこれ以上彼に嘘をつき続ける事は出来ないような気がして……それに、今自分の思いを伝えないともう二度と元には戻れない気がして。
私は自分の自信のなさをかなぐり捨てて彼と向き合った。


「嫌いなんかじゃないっ……幸村君の事」

「うん」

「嫌いって言っちゃって後悔して……来てくれなくなって、凄く寂しかったっ……!幸村君と話したいって、もっと沢山話したいってそんな事ばっかり考えてた……!」

「……」

「ごめんなさい幸村君、嫌いなんて言って……っ、私は幸村君の事が好きだよ……ずっと、好きだったの……」

「……やっと素直になったね」

「え……?」


彼の言葉の意味がよく分からなくてきょとんとしてしまう。
やっと?どういう事?
まるで私が幸村君の事を好きである事をずっと知っていたかのような口ぶり。


「ねえ、やっとって……」

「ん?ふふ、気付いてない訳ないじゃないか……桜華が俺の事好きだって」

「!?」

「ブン太や仁王とはあんなに楽しげに話してるのに、俺にはあの態度……。最初は本当に嫌われてるのかなとも思ったけど、段々あ、違うんだなって分かったよ。……だって桜華、時々凄く照れた様に顔を赤くしてたから。あと、俺が廊下で女子に囲まれてるの見て寂しそうにしてるのもね。気付いていないんだろうけど」

「嘘……」

「まあ、それとブン太の失言のお陰もあるんだけどね」

「ブン太?」

「ああ……桜華は幸村君の事が好きだけど自信がないから自分からはいけないらしいってね。ブン太も言った後やばいって思ったみたいだけど」

「ブン太の奴……後で絶対にケーキ奢らせてやる」


これが本当の話なら恥ずかしい所の話じゃない。
じゃあ全部幸村君にはばれてて、それでいて私はあんな態度をとり続けていたって事?
穴があったら入りたい。


「桜華」

「何……?」

「俺が何で毎日桜華の所に行ってたか、答えは出た?」

「……?」


ああ、そう言えばそんな事も言ってたような……。
だけどその答えを私は全然考えてなかったから答えられない。
思わずうっと詰まってしまう。


「ごめん忘れてた……」

「そんな所だと思ったけど。……ねえ、じゃあ自分自身に置き換えて考えてみなよ」

「自分に……?」

「そう。桜華は、いくら仲が良くても他のクラスの男子の教室に毎朝言って話したりするかい?」

「うーん……たまにならするかもしれないけど、毎日はしないかな……」

「だから、そういう事だよ」

「そういうって……。……!?」

「やっと分かったの?」

「え、いや、違う違う!これは……!」

「そんなに否定しなくても、桜華が考えてる事で合ってるよ。……俺は好きじゃない子に毎日会いに行ったりしないよ。ずっとアピールしてたつもりなんだけど?」


そう言ってふわりと抱き締めてくる幸村君。
心臓が煩い。
顔が熱い。
何これ、私はこんなの知らない。


「桜華は自分に自信がなかったのかもしれないけど、もっと自信持ってもいいんだよ。……だって、こんなに可愛くて可愛くて仕方ないのに。他の男に狙われそうで怖い位にね」

「そんな事、ないっ……」

「俺にとってはあるんだよ。……毎朝廊下で自分をアピールしてくる彼女達よりも、俺には自信がなくて陰から見ているそんな桜華の方が魅力的で好きだと思ったんだからある意味ではよかったのかもしれないけどね」

「!」


綺麗に微笑みながら恥ずかしい台詞をどんどん吐いてくる幸村君。
もうお腹いっぱいだよ、この一週間の寂しさが埋まるどころか溢れ出しそうです……。


「幸村君……」

「んー?」

「……嫌いって言って、ごめんなさい」

「気にしてないからいいよ。あれも照れ隠しだったんだろうなって思ったら可愛く思えて仕方なかったし。俺こそ無視してごめんね?そうしたら桜華が気付いてくれるかなって、寂しくしてくれるかなって思ってつい」

「いじわる……」

「だけどちゃんとお互いの気持ち伝わった。だからそれでもうチャラ。だめ?」

「だめじゃないです……」

「ふふ、よかった」


そっと私の頭を撫でてくる。
その手の温かさにやっぱり幸村君が好きで大好きで、どうしようもない位彼に夢中なのだと悟る。
だから私は、もう一度彼に自分の思いを伝える。
今まで言えなかった分を取り戻すかの様に。


「好き、幸村君……」

「うん、俺も好きだよ。……折角恋人同士になれたんだから、名前で呼んでよ。精市って」

「精市君」

「うーん……まあいっか今はそれでも。……これからよろしくね。もう自信ないなんて言わなくてもいいから、誰に何を言われようと、俺の彼女として堂々としてればいいよ」

「ふふ、分かった」

「やっぱり可愛いね桜華は」

「え?ちょ、せ、いちくん……!?」


軽くちゅっと唇にキスをされて戸惑う。
やった本人は至極楽しそうで、その顔を見ると何にも言えなくなって。
それに、キスされても嫌じゃない私も私なのだから。


「大切にするからね」

「お願いします」

「桜華も俺の事大切にしてね?」

「はーい」

「明日から楽しみだな」

「?」

「恋人同士として桜華と過ごす学校生活がね」


そう言う精市君はとても子供みたいで。
そんなに楽しみにしてもらえると、私も嬉しい。
ファンの子とか怖い事もあるけど、だけど何とかなるって、精市君がいれば大丈夫だって思える。


(……これからはもう少し自信を持ってみよう。精市君にもっと好きになってもらえるように)




(え、何?とうとう付き合い始めたの桜華と幸村君!またいきなりだな)
(よかったのお桜華。念願叶ったりじゃ)
(ありがとう雅治。……ブン太は今度ケーキ奢ってよ)
(え、何でだよ)
(精市君に私が好きだって事ばらしたって聞いた。ケーキでチャラにしてあげる)
(げ……幸村君余計な事を)
(ふふ、俺が何だってブン太)
(うわああ!びっくりした!ちょ、いきなり現れないで幸村君っ)
(おはよう精市君)
(おはよう桜華。今日も可愛いね、好きだよ。……あ、俺にもケーキ奢ってねブン太。お祝いって事でさ)
(じゃあ俺にもな。あー楽しみじゃ)
(えええ!?)
(がんばれブン太!)





あとがき

蓮華様へ。
遅くなってすみません!
リクエストとだいぶ違うような気がしますが、こんな駄作しか送れずすみません……。
またこれからもよろしくお願いいたします。