・夏の告白

(今年も、渡せなかったなあ……)


2/14、今日はバレンタインデー。
毎年、この日が来ると必ずチョコレートを用意している。
だけど、それを意中の相手に渡せた試しは今まで一度もない。
ただただ怖くて、不安で、渡そうと思うと足がすくんでしまって。
それに、彼はいつも他の女の子から沢山貰っていて……私からのチョコレート何て必要ないだろうなって思ってしまう。
そんな下らないネガティブ思考が抜けなくて、今に至る。


(今年のこれで最後にしよう……もう、疲れちゃった)


私渡せず鞄の中にしまってある綺麗にラッピングしたそれを見て、大きく一つ溜息をついた。





「ねえ桜華は知ってる?」

「え?何を……?」

「今日が何の日か」

「……?」


部活中、幸村君に声をかけられた。
ずっと好きでいる想い人……いつも話していたって、やっぱりドキドキしてしまうのは仕方ない事で。
そんな彼からの質問は、今日が何の日かって事。


(今日って……8/14?何かあったっけ……?)


特に祝日って訳でもないし、今日だって普通にこうして部活動がある。
何の変哲もない、いつも通りの日常。
私は考えても答えが出て来なくて、首を傾げる。


「うーん……全然分からない!普通に平日じゃないの?お盆かな〜……ってくらいで」

「まあ、それはそうなんだけどね」

「?(益々分からない……)」

「やっぱりまだあんまり有名じゃないし知らないか……」

「ねえ幸村君答えは?」

「ふふ、それはまた後で教えてあげる。今ここで言うには少し勿体ないからね」

「そうなの?」

「うん、そう」


幸村君は綺麗に微笑むと、テニスコートへと歩いて行った。
その間も私はずっと彼が言っていた今日と言う日の意味を考えていた。
有名じゃないとか、今言うのは勿体ないとか……本当、何なんだろう?
言うのが勿体ない日ってどういう事?


(幸村君の考えてる事はたまにすっごく難しい!)


頭に中にはハテナばっかり。
結局疑問が残ったまま、部活をする羽目になった。




「桜華、今日は一緒に帰ろう」

「え?どうしたの急に」

「ほら、今日が何の日か教えたいし」

「ああ、そう言えばそうだね!うんいいよ、一緒に帰ろう?」

「ふふ、よかった。じゃあ着替えたら校門前で待ち合わせね」

「はーい」


幸村君と帰るのは別に珍しい事じゃないけど、二人きりとなると話は別だ。
いつも彼と柳君、それに他のメンバーも一緒である事が多いから、二人きりとなると急に緊張してしまう。
だってやっぱり幸村君の事が大好きだから。
大好きな人と一緒に帰れるなんて、幸せ以外ない。


(それでもやっぱり緊張が勝っちゃうなあ……!ちゃんと身だしなみ整えていこっと!)


急いで着替えて髪の毛を整えて、ちょっとした色付きのリップを塗った。
それ位しか今は出来ないけど、少しでも幸村君に見てもらいたくて。
緊張する心を落ち着かせるように一度深呼吸した私は、半ば駆け足で校門まで向かった。


「幸村君、おまたせ!」

「俺も今来たところだから大丈夫だよ」

「よかった」

「じゃあ帰ろうか。家まで送るね?」

「え、そんないいよ!幸村君の帰り遅くなっちゃうし」

「俺の帰り何て心配いらないよ、男だし。それに、俺がそうしたいんだ。……それでも、駄目かな?」

「うーん……(そんな表情で見られたらなあ……ずるい)……分かった、じゃあ今日はよろしくお願いします」

「うん、任せて。沢山話したい事があるんだ桜華とは」

「?」


幸村君は嬉しそうにちょっとはにかんだ笑顔を見せた。
中々みられないその表情にドキドキする。
自分の顔赤くなってないかな……とかそんな心配ばかりしてしまうけど、今は少し位赤くなってもいいかななんて。


(私の気持ちに少しでも気付いてくれたら……って、調子良過ぎるかな)


「あ、ねえ」

「ん?」

「そのリップの色、可愛いね。桜華に良く似合ってるよ」

「!」

「何でそんな驚いた顔するの?」

「だって、気付くなんて思わなくて」

「気付くに決まってる。……桜華の事、ちゃんと見てるつもりだよ俺」

「え……?」

「ふふ、ほら、行こう。遅くなっちゃう」

「う、うん!そうだね!(今のは何!?)」


幸村君の発言にドキドキさせられっぱなしのまま、帰路につく事に。
最初からこれだと、最後まで持つか心配。
幸村君は本当にずるい。




「……でね、真田がさ……」

「あははっ!真田君らしいね!」

「だろ?流石の俺も焦ったよあの時は」


他愛のない会話をしながらの帰り道。
本当にずっと楽しい話ばかりで、この時間が永遠に続けばいいと思ってしまう程。
幸村君も楽しそうにしてくれてるみたいだし、私と二人きりでつまらないと思っていない感じがあるのは嬉しい。


(あれ?そう言えば……)


「幸村君」

「何?」

「そう言えば、部活中のあの……」

「ああ、今日が何の日かって話?」

「うん、そう!教えてもらえたり、する……?」

「そうだね、そろそろいいかな……あ、ちょっとそこの公園に寄っても大丈夫?」

「いいよ?(公園?歩きながらじゃ言えない事……?ちょっと怖くなってきた)」


私の返事に微笑んだ幸村君は、軽く私の手を引いて目の前にあった公園へと連れて行く。
握られた場所が熱を帯びるみたい……ああ、こんな些細な事でも嬉しくてドキドキして堪らない。
やっぱり幸村君が大好きなんだって思い知らされる。
それが嬉しくもあり、悲しくもあり。


(この想いを私は伝えられないんだもん)


幸村君と公園の奥の方にあるベンチまでやってきた。
時間もあってか人は少ない。
私達のいるベンチの周りはほとんど人がいないくらい。


「さて、本題なんだけど」

「うん」

「今日はとても素敵な日なんだよ」

「?」

「……8/14、今日から半年遡ったら何の日になるか分かる?」

「えっと……半年って言うと6か月だから……」


単純な計算。
流石の私でも答えはすぐに出た。
だって、その日は私にとって毎年悲しみを募らせる日だから。


「バレンタインデー……」

「そう、正解。……桜華はバレンタイン、いつも誰にもあげてないよね?」

「え?……あ、うん。あげたい人はいるんだけど、あげる勇気がなくて……いっつも自分で持って帰っちゃうんだ!それでやけ食い!」

「へえ……」


幸村君の目は何だか全てを見透かしているみたいで。
余計な事は言わない方がいいかなって思っちゃう……だってこんな風にばれるのは恥ずかしい流石に。
私は少し怖くなって、思わず目を逸らした。


「……駄目。桜華、俺の事見て」

「あ……(何、なになになに!?)」


突然の事に固まってしまう。
だって幸村君が私の頬を両手で包んで顔を近づけてくるんだもん。
そんなの誰だって……彼を慕ってない人だって固まるに決まってる。


(こんな綺麗な顔至近距離で見るのはもう……!)


「……あ、そうだ」

「(今度は何!?あと顔がずっと近い……!)」

「……喜んでもらえると嬉しいんだけど」

「……?」


ぱっと手を離したかと思うと、ごそごそと自分の鞄を漁る幸村君。
何だろう?今日の幸村君はちょっと不思議だ。
きょとんとした私を他所に、幸村君は見つけたそれを私に手渡してきた。
綺麗にラッピングされた……これは……。


(似てる、私が毎年渡せないあれに……)


「これ、は……?」

「チョコレート……はちょっとこの気温だと溶けちゃうから、クッキーだよ」

「どうしてそれを私に……?」

「今日はね、ハッピーサマーバレンタイン……夏のバレンタインの日なんだ」

「え?」

「最近出来た日らしいんだけどね。この日は男女どちらからでも想いを伝えていい日なんだって」


幸村君はいつもと同じように綺麗に笑っているけれど、心なしかその顔は赤い。
私は彼の顔と手元にあるクッキーが入った箱を交互に見やる。
答えを出したいけれど、自惚れだと思いたくない。
勘違いだったら嫌だ……その気持ちが強くて自分からはなかなか言い出せなかった。
だから待った、幸村君からの言葉を。


「桜華」

「幸村君……」

「本当はここまで引っ張るつもりはなかったんだけど……やっと俺も決心がついたから」

「うん……」

「部活でも、そうじゃない時でも、桜華はずっと俺の傍にいてくれたね。いつも沢山の笑顔と優しさをくれてありがとう」

「っ……」

「ふふ、まだ泣かないで……?本当に伝えたい事を伝えられていないからね」

「ごめっ……」

「謝らなくてもいいよ。……ほら、小さく深呼吸して」


そう言われて素直に従う私。
すうっと息を吸ってから、それを吐き出す。
こんな小さな事でも今の私には効果絶大で、涙がちょっと引いた気がした。


「……続き、言ってもいい?」

「……うん」

「ありがとう。……俺、結構女々しかったみたいで。毎年待っちゃってたんだよね、桜華から貰えるの」

「そうなんだ……」

「でもね、桜華がどうして渡せないのかも分かってたから……だから、やっぱり自分から伝える事にしたよ」

「っ……(恥ずかしいなあ……分かられてたなんて……)」

「桜華」

「はい……」

「好きだよ、大好き」

「!」


私に好きと伝えた時の幸村君の顔は、いつもの余裕のある表情じゃなくて……何て言うか、真剣で、それでいて照れている様な。
幸村君もこんな顔するんだなあって、告白されて嬉しいはずなのにその発見の方が嬉しくて。
思わずくすっと笑ってしまった。


「ふふっ……」

「え、何で笑ってるの?」

「ううん、ごめんね……幸村君の表情が、その……ふふふっ」

「もう、からかわないでよ」

「そういうつもりじゃ……あっ」

「……桜華からの返事は聞かせてくれないの?ちゃんと聞きたい……」


ぎゅっと抱き締められて、耳元で切なげに囁かれて。
本当に幸村君はずるい……折角引いていた涙がまた出そうになる。


「……」

「桜華……?」

「すき、すき……幸村君……」

「……ふふ、うん。嬉しいよ桜華……やっと気持ちが聞けた」

「っ……ぅ……」

「ほら泣かないで……。……ああでも、うれし涙なら今はいいか……俺も泣きそうなくらい嬉しいから」

「ゆきむらくんっ……」


私は幸村君に抱き締められながらぼろぼろと涙を流し続けた。
そんな私の名前を何度も呼びながら背中をぽんぽんとあやすように叩く幸村君は、優しさに満ち溢れていて。
それだけで、彼に好かれて、好きで良かったと感じた。


(幸村君、大好き……好きになってくれてありがとう……)





「桜華、落ち着いた……?」

「うん……ごめんなさいその、泣いちゃって……」

「それくらい嬉しかったって事でしょ……?それに、泣いてる桜華も可愛かったよ」

「可愛くないよっ……」

「俺にはどんな桜華だって可愛く見えるんだよ」


当たり前の様に甘ったるい台詞を吐く幸村君にたじたじとしてしまう。
それでも幸村君だから様になって、かっこよくて。
恥ずかしいって思うけど、それ以上に彼にそう言って貰えて凄く幸せだって感じる。


(大好きな人に可愛いって言って貰えて嬉しくない訳ないもん)


「ねえ桜華?」

「?」

「……来年のバレンタインは、チョコ頂戴ね?」

「あ……うんっ、勿論……!今まで渡せなかった分、いっぱいいっぱい渡す……!」

「ふふ、桜華の心の籠ったものなら何でもいいよ。無理のない様にね」

「幸村君に渡すのに、無理な事なんて何にもないよ!……いっぱい渡したら迷惑かな?」

「そんな事ないから。貰えるのは勿論嬉しいよ。……あ」


幸村君は何かを閃いた様に声を発すると、次に何故かにやりと小さく笑った。
一体何を考えてるんだろう?


「じゃあさ、今年桜華が俺に渡せなかったって言うバレンタイン……今貰ってもいい?」

「え?でも私何にも持ってなくて……あ、幸村君に貰ったクッキーしか……」

「お菓子じゃなくて……それよりももっと甘い物かな……」

「……!?」


余りにもあっという間の出来事だった。
何も考えが追い付かないうちに、あっという間に奪われたのは私の唇。
重なる唇の心地良さに、私はゆっくり瞼を閉じた。
幸村君の温もりが、気持ちが、全部そこから伝わって来るみたいで……私の心は幸福で満ちていく。


「……桜華」

「ゆきむら、く……」

「突然だったけど、嫌じゃなかった……?」

「ん……平気。……どっちかって言うと、嬉しかったし……幸村君とキス出来て幸せだなあって気持ちでいっぱいだよ今」

「俺も同じ。桜華とずっとキスしたいって思ってたから、幸せだし嬉しい。……だからもう一回、ね?」

「ぁ……」


綺麗に微笑んだ幸村君は、もう一度今度はゆっくりと口付けた。
左手で私の頭を支え撫でながら、右手で私の腰を抱きながら。
触れられてる部分がじわって熱くなる。
私はどれだけ幸村君が好きなんだろう……?


(こんなにも身体が反応してしまう程に彼が好きなんだ)


「……好きだよ、桜華」

「私も……好き、幸村君の事……いっぱい好きだよ」

「これからもずっと好きでいてくれる?」

「もっともっと好きになる……!」

「ふふ、期待してるね(俺はそれ以上に好きになって見せるけど)」


そう言って微笑んだ幸村君は、余りにも綺麗で。
私何かには勿体ないなあ……なんてちょっと思うけど、そんな事言ってちゃだめだよね。
だって幸村君は私の事を好きでいてくれてるんだから。


(もっと、幸村君のために可愛くなろう……!頑張るっ!)


心の中だけでそう決意すると、私は幸村君に微笑み返した。
貴方の事が大好きで大好きで仕方ないんだって思いを込めて。





(幸村君とこうしていられるの夢みたい……)
(これからはずっとこうしていられるし、今だって夢じゃないからね?)
(えへへ……うん、嬉しい)
(……ねえ桜華)
(ん?)
(もっとキスしたいって言ったら……怒る?)
(!)
(さっきのじゃ足りない……もっと桜華に俺の気持ち伝えたい)
(幸村、くん……)
(ここじゃ何だから、俺の家で……ね?)
((幸村君の顔がちょっと悪い顔してる……!))






あとがき

サマバレ話です。
ずっと書いてたのですがなかなか進まず。。
サマーバレンタインに告白されたいものですね。
今年も最高のサマバレになりますように!