1 気になるんだ
もしも……これはもしもの話。
「いよいよ俺の立海に入学か……予定が狂わなくてよかった」
四月。
今日は立海大附属中学校の入学式。
俺は真田との約束を果たすために、そして自分自身の為に今日この学校に入学する。
「俺のクラスはここか……」
特に緊張もせず、ゆっくりと扉を開く。
中には既に何人かのクラスメイトがいて、喋ったり様子を窺ったりしてる。
(これから一年一緒に過ごす仲間だ……上手くやっていけるといいな)
そう思いながら自由席だと言う文字を見て適当に席に着く。
窓際の席、テニスコートが見える。
俺は早くテニスがしたいな……なんて思いながら外を眺めた。
「ねえ、あの人かっこよくない!?」
「うんうん!て言うか綺麗……!」
ひそひそと聞こえるその声は、自意識過剰でもなんでもなくて自分に向けられているものだと察する。
こういう反応は慣れているものの、いい気がするかと言えばそうでもない。
別に親から貰ったこの容姿が嫌いな訳ではないけれど、同じ事の繰り返しはもう飽き飽きだ。
(中学に入ったらこう……恋の一つ二つして甘い気持ちになったりするかもと思ったけれど、なさそうだな)
結局はいつもと変わらないそれに、溜息をつく。
何処に行っても同じ……やっぱり俺にはテニスしかないのだと感じた。
(まあ、別に恋をしに立海に来た訳じゃないしね。……テニス部に入って全国三連覇、それを成し遂げるために来たんだから)
入学して暫くが経った。
クラスメイトともそこそこに仲良くなったと思う。
だけど俺の心は常にテニスにあって。
早く部活が始まらないかなって、その事ばかり考えてしまう。
(でもいよいよ今日からなんだよね。本当に楽しみだ)
そう、今日からいよいよ本格的に部活が始まる。
仮入部だけじゃ物足りなかったから、本当に楽しみで仕方がない。
今日の部活には仮入部の時に知り合った柳君と一緒に行く約束をしていたから、彼を迎えに行く事にした。
「(早くテニスがしたいな……)」
「も、理央ってば〜!」
「ふふふ、桜華が可愛いからつい!」
隣を通り過ぎた女の子。
別にクラスメイトとも変わらない、至って普通な子の……はずなのに。
そのうちの一人の子に何故だか不思議と目が奪われて、通り過ぎて行ったその姿を振り返ってまで追ってしまった。
どうしてなんだろう……何で……。
(変だな俺……)
不思議に思ったけど、今はそれよりも柳君と合流して部活に行かなくちゃ。
彼女の事は、そっと胸の奥にしまって。
それからまた暫く。
部活にも慣れ、毎日が充実していると感じていた頃。
蓮二に聞きたい事があって、休み時間に彼の教室を訪ねた。
するとそこには、あの日から気になって気になって仕方なかった彼女がいた。
「だからここはこう解くのだと何度も言っただろう」
「うう、分かってるんだけどいざ自分でやると難しくて……!」
「全く。ゆっくり焦らずやってみろ」
「そうよ桜華。大丈夫、頭が悪い訳じゃないんだから貴女は」
「うん……!頑張ってみるね……!」
窓際の席で蓮二と一緒に勉強しているのは、あの廊下ですれ違った女の子。
難しいのかうーんと唸っている様子が何とも可愛らしい。
(何だ、蓮二と同じクラスだったのか……それにしても)
「蓮二」
「精市か。休み時間にどうした?」
「ちょっと部活の事で聞きたい事があって……。それにしても、まさか蓮二にこんな仲の良い女の子がいたなんてね?」
「ああ、彼女は……」
蓮二が紹介しようとした時。
俺の事を見ていたその子がはっとした様子で俺に声をかけてきた。
何かを閃いた様な表情が面白い。
「えっと……もしかして幸村、君……?」
「うん、そうだよ。俺の事知ってるの?(何だろうちょっとだけ嬉しい)」
「いつも蓮二が話してて!テニスがすっごく強いんだぞ〜って!あと、女テニの中でも少し噂になってて」
「ふふ、そうなんだ」
嬉しそうに答えているその様子を見るだけで何故だか癒される気がした。
でもそう言えばさっき蓮二が言おうとしていた言葉の続きをまだ聞いていない。
二人の関係って……?
ただのクラスメイトよりかは仲が良い気がするけれど。
「ねえ蓮二、さっき言おうとしてた事って……」
「ああ、彼女は俺の小学校の時からの友人だ」
「だから周りより仲が良く見えたのか」
「あ、自己紹介もせずにごめんなさい!湊桜華って言います」
「湊さんかあ。俺は幸村精市だよ、よろしくね」
「うんっ!よろしくね幸村君」
花が咲きそうな程の笑顔にくらっとしてしまいそうになる。
どうしてこんなにも彼女に惹かれてしまうのか、分からなかった。
だけど、クラスの女子とも、今まで知り合ってきた女子とも違う気がして。
(今さっき名前を知ったばっかりだって言うのに……どうしてそんな風に思うんだろう)
「ちょっと」
「え?」
「幸村だか何だか知らないけど、桜華にちょっかい出さないでよねっ……!」
「もう、理央っ!いきなり何言ってるのよっ……!」
「全く、悠樹は桜華の事となると少し感情的になり過ぎるな」
「桜華に近付く男は敵なのよっ……!」
「ええっ……!」
悠樹やら理央やらと呼ばれているその女子に突然そう言われてしまい、どきっとする。
でもそれと同時に、この雰囲気が楽しくて、嫌いじゃなくて。
思わずくすっと笑ってしまう。
「ふふっ」
「ちょっと何笑ってるのよ!」
「いや……何だか面白くて。ちょっかいはそうだな……出さない保証はないかな」
「桜華、絶対幸村に近付いちゃだめよっ……!」
「湊さんと俺、もっと仲良くなりたいな?」
「え?え?えっと……うんと……!(頭が混乱してきた……!)」
「(早速ややこしくなったな……全く……。だが、面白いデータが取れそうだ)」
訳が分からなくなってる湊さんの慌てっぷりがおかしくて。
俺は久し振りに沢山笑った気がした。
クラスでもこんなに笑った事ないのに。
ああ、俺もこのクラスだったらよかったのにと小さく思ってしまう。
(それだったら湊さんとももっと沢山話せるのにな)
それからまた暫く。
部活中に部長に頼まれ事をしてそれをこなしている最中。
目の前に見えたのは、湊さんの姿。
思わずどきっとしてしまう。
「湊さん」
「あっ、幸村君!こんな所でどうしたの?」
「ちょっと部長に頼まれ事されててね、それをしてる所だよ」
「そっか、大変だね!」
湊さんはそう言うと続けて「部活、頑張ってね!」と言ってくれた。
それだけでも嬉しくて、頬が緩んでしまいそうになる。
「湊さんも部活……って、女テニだったんだ(ああでも確か蓮二の教室に行った時そんな事も言ってたような……)」
「うん!」
「テニス、やってたの?」
「ううん、始めたのは中学からだからまだまだ初心者で……。蓮二がしてたの見て面白そうだなって思って入ってみたんだけどみんなレベルが高くて」
「立海は確か女テニも強かったよね」
「全国クラスみたい。だから、人一倍練習しないと置いて行かれちゃいそうで」
「そっか……」
ラケットを握り締めながら言った湊さんはそれでも頑張ると言った表情をしていて。
だから、何故だか凄く応援したくなったんだ。
彼女の役に立ちたいって……真っ先にそう思った。
「湊さんが良ければ、俺がテニス教えようか……?」
「え?」
「その、一応テニスはずっとやってきたし……自分で言うのは何だけど、結構上手いと思うよ俺」
「ゆ、幸村君にテニス教えてもらうなんてそんなっ……!上手なのは蓮二から聞いてよく知ってるけど……!」
「湊さんの頑張りを応援したいんだ」
「でも……幸村君の負担にならない……?」
「ふふ、大丈夫だよ。そんな事は気にしないで?(むしろ湊さんともっと仲良くなれるかもと思ったらそれだけでやる価値有りだからね)」
まだ戸惑っている湊さんに近付きそっとラケットを握っている手を握る。
湊さんの顔がみるみる赤くなっていくのが分かる……とても可愛らしい。
何でこんな風に思うんだろう?
湊さんは他の女子と何が違うんだろう……?
(分からないけど、でも俺にとって何かが特別なのはきっと間違いないよね……)
自分でも分からない感情。
だけど嫌だとか気持ち悪いとか、そんな感じは全くない。
むしろ心地くて、もっともっと大きくしたいって思う。
俺がそんな事を考えてる中、ずっと考えていた湊さんはようやく答えを出したらしい。
少し照れながら、でも嬉しそうな表情を俺に見せながら返事をくれた。
うん、その顔も凄く可愛い。
「えっと……じゃあ、幸村君の負担にならない程度でお願いしてもいい、かな……?」
「うん、勿論。あ、本当に負担とか何にもないから気にしない事……ね?俺が湊さんに教えてあげたいって思ってるだけだから」
「幸村君……えへへ、ありがとう。すっごく嬉しい!」
「それはよかった」
「これからよろしくお願いします、先生」
「!」
またあの花が咲きそうな笑顔。
この笑顔に弱いのかもしれない……どきどきして止まらない。
自分の顔も赤くなってるんじゃないかって心配になってくる。
(ああもう、湊さんにはかっこいい俺を見ててほしいのに……)
目の前の湊さんは何も気付いていない様子で笑っている。
何だかその顔を見てると、自分の顔が赤くなっててもいいやって思っちゃう。
湊さんには素直になってもいいかもしれないって……彼女の事まだ少ししか知らないのに、だけどそう思ってしまった。
(ありのままの俺を見てもらうのも、いいかもしれないな)
この気持ちの意味を、俺はまだ知らない。
あとがき
神の子といっしょの二人がもし違うクラス、違う部活だったらと言うお話です。
もう少し続きます。