2 もやもや

湊さんにテニスを教えると約束したその日。
早速部活後に練習する事になった。
いきなり二人きりなんて少し緊張するな……そう思いながらも、心はその緊張とは裏腹に舞い踊っていた。


「湊さん」

「あ、幸村君!」

「ふふ、やる気十分って感じだね?」

「うんっ!だって折角幸村君に教えてもらうんだもんっ……頑張らなきゃ!」

「それだけ気合入ってるなら、きっとすぐにテニスの腕も上達するよ」

「そうだといいなあ」


湊さんはラケットをぎゅっと握ってにこっと笑った。
それだけでも何故だか可愛くて仕方なくて。
でも今はテニスを教える時間だから……俺は自分に言い聞かせながらまずは彼女に素振りを見せてもらう事にした。


「じゃあ、とりあえず素振りして見せて?」

「はいっ!」

「(本当に先生になった気分だ……)……うん、初心者だって言ってたけど悪くないよ」

「本当!?幸村君にそう言ってもらえると少し自信沸くなあ」

「それはよかった。……あ、でもねここをもう少し……」


俺は彼女の背後に立って腕の位置や足の開き方を伝授する。
テニスを教えているとは言え、湊さんに触れている事にどうしても緊張してしまう。
後ろに立ってるからこそ分かるけど、うなじがまたいい……って、何だかエロ親父みたいだな。
でも触れた腕も、腰も……女子特有の華奢さにどきどきしてしまうのはもう仕方ない事。


(俺だって男だし……思春期だしね。少しの下心位持ってるよ)


自分自身でそんな事考えられてるなんて絶対に分かってないだろう湊さん……真剣に「なるほど!」「こうすればいいのかな……?」って言って素直に俺にされるがままだ。
そんな所もただただ可愛いと思ってしまう。
だけどやっぱり分からない、どうして湊さんがこんなに気になってしまうのか。
クラスの女子と、周りの女子と……何が違うんだろう。
ずっとそれを考えてみるけど、やっぱりまだ答えが出なくて。
自分自身の事が自分自身で分からないなんて、変な話だ。




「……よし、今日はこれ位にしようか」

「うんっ……はあ、何だかすっごく上達した気になる……!」

「湊さん素直だし俺の言う事ちゃんとやろうって努力してくれるから、そう言う人は上手になれるよ」

「幸村君の教え方も丁寧で分かりやすかった……!流石蓮二が言ってただけあるなあ」

「そんなに褒められてたのかい俺は」


そう尋ねると湊さんはこくこくと頷いた。
蓮二は一体俺の事を何て言ってたんだろう……気になる。
だけど湊さんの様子を見ていると決して悪い事を言われている訳ではないと分かるのでほっとする。
きっと彼女は嘘はつけないし、人を騙したり出来ないんだろうなあ。


(だってすぐに表情に出ちゃうタイプだろうから。そんな所も可愛いと思うけどね)


「帰りは送っていくね?」

「えっ!大丈夫だよ……!そこまでしてもらうのは申し訳ないと言うか……」

「こんな暗い中女の子一人帰らせたら俺は男じゃないと思うよ」

「そうなの……?」

「うん。だから送らせて?……それにね、俺もっと湊さんと話したりしたいんだ」

「!」


その言葉に少し驚いた様子の湊さん。
でも次にはふにゃりと頬が緩んだ表情で「嬉しいなあ……私も幸村君ともっとお話ししたい!」……だって。
何これ可愛過ぎるし嬉し過ぎる。


「湊さんは蓮二と同じ小学校だったんだよね?」

「うん!蓮二は転校生だったんだけど、私が最初に話しかけて……そこからずっと仲良しなんだ」

「そうなんだ(ちょっと羨ましいな……)……あ、俺がクラスに行った時もう一人女の子がいたよね?」

「ああ、理央?理央は違う学校なんだけど、入学式の時に声かけてくれてそこから友達!」

「何だか敵意を向けられてた様な……」

「あはは、何でか分からないんだけど私の事凄く気に入ってくれてるみたいで……男子は蓮二以外は駄目なんだって近付いちゃ」

「へえ……(また厄介なのがいるな)」

「あ、でも私は幸村君とも話したいから……!気にせずに話しかけてね!理央もきっと本気でそう言ってる訳じゃないはずだから……!」

「ふふ、ありがとう」


慌てながら言う姿も可愛い。
何これ、湊さんって可愛い所しかないの?
俺が変なのかな?


(まあ変でもいいか。湊さん見てると何だか楽しい気持ちになるし)


色んな事を話してたら、あっという間に湊さんの家に着いた。
ああ、もう着いちゃったのか……と寂しくなる。
明日だってきっと会えるのに、何でこんな気持ちになるんだろう?


(もっともっと湊さんと話していたいなんて……離れたくないなんて)


「幸村君、ここまで送ってくれてありがとう」

「どういたしまして。帰り道湊さんと沢山話せて楽しかったよ?」

「私も!えへへ、幸村君ってどんな人なのかなー……って思ってたから、色んな事話せてちょっと幸村君を知れた気分!」

「(俺の事気になっててくれたの?あ、駄目だ嬉しい……)俺も、湊さんの事気になってたから嬉しかった。ふふ、俺達同じだね?」

「本当!」


嬉しそうに笑ってくれるから、湊さんが喜ぶ事沢山言いたくなる。
素直に反応が返ってくるのは本当に嬉しい。
今まで女子にこんな気持ちになった事なんてないのに。


(こんなにも喜ばせたいなんて……初めてだ)


湊さんと別れて寂しいけど、それでも心はふわふわと浮かれていた。
とても気分がいい……幸せな気持ちって言えば一番しっくりくるかな?
もう俺は明日湊さんに会える事を心待ちにしていた。



毎日の様に湊さんと放課後テニスの特訓をするのが俺の楽しみになっていた頃。
たまたま湊さんの教室の前を通りかかった俺は、迷う事なく真っ先に彼女の姿を探してしまう。


(湊さんいるかな…………あ、いたいた)


見つけた瞬間は嬉しくてにやけそうになったけど、次には自分の表情が強張るのが分かった。


(あいつ、誰……?)


俺の目に映ったのは、楽しそうに話す湊さんと、クラスメイトだと思わしき男子。
何だよあいつ……やけに親しくないか?
湊さんもすっごく楽しそうだし……笑いが止まらないみたいでずっと笑いっぱなしだ。


「あんな風に笑ってる所は……見た事ないな……」


ずきんと胸が痛む。
分かってはいた事なのに……クラスが違う、一緒にいる時間も少ない……だから俺が見ている湊さんなんてほんの一部分でしかない事位。
なのに苦しくなる心。
気持ちの悪い感情に支配されそうになる。


(ああもやもやする……嫌だ、俺の知らない湊さんがいるのなんて。俺の知らない誰かと話して笑ってなんか欲しくない)


汚い汚いと思っていても、溢れ出すそれは止まる事を知らない。
ああ、こんな気持ちさっさと無くしたい。
俺は完全に冷静さを失ったまま教室に入ろうとした。


「精市」

「!」

「……どうした、何て顔をしているんだ」

「れん、じ……?」


突然声をかけられた方を向くと、怪訝そうに俺を見る蓮二がいた。
何て事だろう……蓮二がいる事にも気付いていなかったなんて。
俺はそれ程までに、湊さんしか見えていなかったのか。


「……桜華を見ていたのか?」

「っ……」

「(この反応……。……成程な)精市落ち着け。桜華と話している男、俺達と同じ小学校だった奴だ」

「え……」

「それに、あいつには好きな女子がいる事は把握済みであり、それが桜華ではない事も分かっている」

「そうなのかい……」

「だから安心しろ。……あの様な顔で桜華の元へ行くと怖がられてしまうぞ」

「そんなに酷い顔をしていたのか俺は」

「ああ」

「(即答……)」


蓮二に言われた事に反省する。
ああもう、どうして湊さんの事となるとおかしくなっちゃうんだろう。
自分自身が分からなくなるなんて事、滅多にないのに。

でも一つ疑問に思う事が。
蓮二はどうして俺にあそこまでの情報を伝えた?
彼に好きな女子がいる事なんて、どうだっていいじゃないか……。


(なのにどうして俺はそれを聞いて心底ほっとしているんだろう)


「精市、お前……」

「何だい」

「……いや、何でもない(お前自身が気付くまでは静観する事としよう)」

「……?変な蓮二」

「変なのはお前もだ精市」


ふっと笑みを零しながら言う蓮二に思わず俺も笑ってしまう。
そしたら俺達に気付いたのか湊さんがこっちに向かって来る。
嬉しい、湊さんのそのふわりとした表情を見られるだけで俺は幸せを感じられるんだ。






あとがき

まだ気付かない幸村君。
その辺りは本編と同じですね、恋には疎いのです。