「お邪魔します!」
「はいはい、いらっしゃい」

 ドアの前までは子供のようにはしゃいでいたくせに、いざ中に入ると踵を揃えて靴を置く。そういうのに疎いと思っていたのに、出会い頭で当たり前のように渡される手土産。なるほど、コイツ馬鹿っぽく見えるけど案外しっかりしていたのかもしれないな…などと思い、工藤東は愛想笑いを浮かべて曖昧にうなずいた。なんかあった?と聞くお前のせいだ。別段驚きはしない。何となく気付いてはいたけど、あまりにも普段色々とほかの問題行動が目立つからそこまで思考が至らなかったなんてそんな訳。
 親御さんの教育が行き届いているというかなんと言うか。元々、老舗の料亭に生まれたしっかりとした坊ちゃんだ。待ち合わせの時間に遅れたこともなければ、アポイントを忘れたこともない。謎の旺盛な好奇心さえなければそこらに居る「真面目な良い奴」だろうに、どこで道を踏み外したのだろう。

「あずま!寝室入ってみていい?」
「したいことによるね」
「すけべブック探し!」
「ないから諦めろ」

 …よくよく考えてみたら、不真面目に憧れ始めたのは高校からだと言っていた。これ以上はやぶ蛇になりそうなので辞めておこう。心当たりしかない。
 お泊まりってそういうのがセオリーじゃないの!?などと偏った知識を叫ぶ鯰井西が入室許可を尋ねたくせにとっくに入っていた寝室から顔を覗かせる。東が呆れた顔をして「飯いらないの?」と持っていた袋を持ち上げながら聞けば、お手本のような元気な肯定が返された。


【東西お泊まりパーティ!】


 東も一人暮らしなので料理はそこそこできると自負しているが、流石に料亭の息子を前に意気揚々と出せるほどの自信はない。かと言って客人にキッチンに立たせるのは流石にアレなので──西は絶対にそんなの気にしないどころか進んで立ちたがるだろうが──事前に許可を取った通り、今日は罪深きジャンクフード夕食をキメる。
 西はなんでも美味しいと言って食べる分好みが分かりにくいので、貧乏性の東にしては珍しくメニュー表に乗っているバーガーの大半を購入してきた。ついでのように食後のデザート用に近くのコンビニでコンビニスイーツを片っ端からカゴにぶち込んできたばかりだ。痛い出費ではあるが、たまにはこんな贅沢だって悪くないだろう。
 これがそこまで世話にもなっていないようなクラスメイトであればバレないようにさりげなく安いものを数個並べるだけにとどめるが、まあ、西なので。

「うわーっすごい夜マックだ!こんな食べていいの!?」
「さすがに全部は無理でしょ。好きなのどーぞ」

 ジャンクフード未経験者だった西を学校帰りにマクドナルドに連れていった戦犯は東なので、責任をもってそれを境に買い食いにハマった西に頻繁に付き合っている。確か夏に始めた慣習なので、およそ数ヶ月前のことだ。という訳で西は既にマック初心者ではないが、夜マックはまた違う憧れがあったらしい。そわそわと落ち着かない様子で「全部食べたい…」などとくだらないことを抜かす様子はまさしく子供だ。

「まあ西の腹ならそこそこ行けると思うけどさ…今全部食ったら駄目。お前やらなくていいの?」
「何を?」
「今セーブしといて、夜中になったら映画観ながら夜食食べんの」
「やる!!!!!」

 どうせそうだろうと思って、事前にツタヤで何本か映画を借りておいた。西はベタベタなテンプレ的な勇者ストーリーだったりラブストーリーだったりが好きなようだが、東はどちらかと言うとバイオレンス系のハードなアクション物の方が好きだ。好みは真逆と言ってもいい。たいていの事なら基本的に西に合わせてやることにしているし、東も無理を通したいものも思い当たらないので問題は無い。だがしかし、映画とか小説とか、娯楽系のものはきっぱりと無理だと断ずることにしている。
 というのも、東はそう言った内容を読むと背中がぞわぞわする類の人間だ。無理して見て不快な思いをするなんて真っ平御免だし、鈍感な西に至ってはありえないと思うが、万が一、億が一それがバレたりなんてしたら気まずいし困る。
 こいつは普段からアホほど東に気を使わせてる癖に全くそれに気づかず、東は半ば高校生期間限定の西のマネージャーのような気持ちでいる。世間知らずで細かいことに無頓着な天然バーサーカー(※しかし礼儀は正しい)不良に憧れてちょっとスレたフォルムなんぞを世間にそのまま放り出してみろ。何があったかと気が気じゃない。別にこれはすべて東の心情だし、気を使ってるのも合わせてるのもすべて東が勝手にしている事だ。だから西に求めているものなんて存在しない。もうちょっと周りを見て欲しいとは思ってるが。
 だからいざそれに気付くとクッソめんどくさく「迷惑かけてごめんね東…」などと涙ぐみ始めるから本当に困るのだ。お陰で元々得意だったポーカーフェイスがさらに磨きをかけた次第である。無理も無茶も我慢してないから頼むから男らしく切腹しようとするな。どこの武士だお前は。ハァ〜めっちゃ気遣い屋じゃない?俺。
 なおこれは余談ではあるが、数日後この旨を部活の先輩である北古賀に話したところ、バッサリと「工藤が甘やかすから鯰井のバーサーカーが加速してるんだろ」などと言われる未来がある。閑話休題。




 ところで、あなたはポテナゲ戦争をご存知だろうか。古来より伝わる「明治きのこたけのこ戦争」「カレー混ぜるか混ぜないか戦争」「シチューには米かパンか戦争」「たこ焼きはおかずか否か戦争」に並ぶかなり大きめな二大派閥の仁義なき争いである。血で血を洗うそれは現代令和日本にも根深く受け継がれており、特に個人間で勃発するそれは絶えることがない。
 敵を増やすことを恐れずに発言するのであれば、ぶっちゃけ東はポテトでもナゲットでもどちらでも良い。強いて言うならハッシュドポテトの方が好きなのでポテト派かもしれない。

 というのも、袋からバーガーやらジュースやらシェイクやらを出していくうちに、西がナゲットを見た瞬間固まってしまったからだ。もしかして西はポテト過激派、ナゲットをこの世から葬り去ることを生きがいとする人種だったりするのだろうか。小さな箱を抱えてガン見する姿はかなり怖い。勇気をだして声をかけてみたが応答はなかった。まずい、今日が俺の命日かもしれない。死因:マックなんてそんなクソダサい死に方は御免なので、いざというときは自爆特攻「オレノムカシノシャシンミルカ」を発動するつもりだ。自傷ダメージは恐ろしいが、死ぬよりはマシ。致命傷までなら生きれる。
 とりあえずご機嫌取りに事前に用意しておいたウノとジェンガとトランプをテーブルの上に出しておく。枕投げは無理だ。さすがにそんなに枕もなければ部屋も広くない。東はこれでも西が「やってみたかったことをやりたい」という心を尊重しているので、こんなことがしたい、あんなことがしたいと零していたことをきちんと覚えている。「喧嘩してみたい」の希望はさすがに止めたが、本当にどうしてもやりたいというのであれば以前訪れたことがあるストリートファイトに連れて行ってやってもいい。ここまでが現実逃避だ。

「東………………………」
「はい」

 そこで、微動だにしなかった西が突然声を上げた。思わず敬語になったのは恥だ。呆然としたままナゲットを見つめていた西は、何故かそっと声を潜めて聞いた。

「ナゲットってケンタッキーの専売特許じゃないの…?」
「うそでしょ…?」

 西は違法のブツを購入してしまったかのような顔をしているが、マックのナゲットだってれっきとした合法ブツである。こんなのナゲットが可哀想だ。いつもマック行く時に見てるでしょメニュー表。もしかしてバーガーに興奮しすぎて選べるセットの中身とかよく見てない?ありえないと言えないのが怖い。東も西に合わせて居住まいを正した。何をどう間違ったらこんな世間知らずの偏見まみれた暴走機関車ができあがるんだ。

「ドミノピザのサイドメニューにもナゲットあるでしょ」
「ドミノピザって、あの…!?」
「今度の泊まりのときの夕食決まったな」

 それにケンタッキーが誇るのはフライドチキンだ。それだけはゆずってはならない。クリスマスが泣く。




 フローリングにそのまま座りながら夕食を食べるという奇怪な経験をした西は満足そうだった。和室は地べた、洋室は椅子に座るなんていう偏見はこれで解消されただろう。貧乏学生は椅子を買う金すら惜しい。食後にコンビニスイーツ祭りをしながら大富豪で遊び、ウノで遊び、ジェンガで遊んだ。両隣の部屋の人達は実家に帰省していると事前に情報を得ていたので、多少うるさくしたって迷惑にはならない。それにしてもオーバーリアクションを見る度にコイツやかましいな…という感想は抱くが。西は何に対しても全力だ。生真面目もここまで行けばただの馬鹿である。

 しばらく遊んで風呂に入れ、何故か恋バナしたがる西を蹴りつけて据え置きゲームを起動する。「PS5!?」「抽選プレゼント企画で当たったんだよね」「すげー!!」正直当たりはしたがバイトにいそがしく腰を据えてゲームをする時間なんて中々ない。今日はいい機会だろうと起動させるつもりでいたのだ。もちろんプレイヤーは西だが。プロコンを渡された西が三度見くらいするのに含み笑いを洩らしつつ、押し付けて後ろのぺらいソファーに座る。

「よっ西プレイヤーついにPSゲームデビュー」
「うわー!!がんばります!!!」

 ソフトは王道なRPGなので特に難しくはないだろうが、何せゲーム初心者だ。どんな珍プレーをしてくれるのか心の底から楽しみでしかない。東は特にゲームに熱中することもなく、話題作りのためスマホに数個ソシャゲを入れているのみだ。ただ、西はなんとなくそういうの好きそうだよなとは思っていた。あとハマったらヤバそうだなとも。でもやっぱり気になるので触らせることにした。

「あ、面白そうだから実況しながらやって」
「えええ実況って何!?」
「はいスタート〜」
「え〜〜!?」

 後に西の言う「初実況記念日」になるのが今日のお泊まり会だったりする。軽い気持ちでやらせたが、まさかその後この派生で「撮影」というジャンルに興味を持つなんて、さすがにこの時は微塵も思っていなかった。




 映画鑑賞中、やけにうるさいやつがいる。特にわざわざ映画館に見に行った時にそういった客と同じ時間に当たると最悪だ。全然集中できないし単純に不愉快になる。シンプルにマナーがなってない。
 西とは以前映画館に一緒に行ったことがあるので、そう言ったタイプでは無いのは確証済みだ。むしろせっかく買ったポップコーンの存在も忘れ口を半開きにしてガン見で観ているので、東の方がいつ瞬きしているのかと心配になったくらいである。
 部屋の電気を消す。俺先にトイレ行ってくる!と慌ただしく便所に走る背中を見送りながら、デッキにハードを差し入れた。こうして映画をわざわざ借りて観るなんていつぶりだろう。西の言う「やってみたかったこと」は東にとって過去の産物でしかない。既にやり尽くしたこと、遠くの昔にやった気がすること。特に新鮮味もなければ慣れたことだってある。ただ、横で未知なる状況に興奮する新鮮な声が聞けるのは悪くないし、こうして懐かしむことだってよくあった。だから多分、東も西のやりたいことに付き合うのが嫌いじゃない。

「ごめん!おまたせ」
「あいよ。ハンバーガーこぼさないでね」
「大丈夫だよ、たぶん」
「まあお前はまず食べるの忘れると思うけど」
「そんなことないし…!」

 画面が切り替わる。映画が始まった。タイトルは、バイオレンスでもラブロマンスでもない生臭いヒューマンドラマのもの。人の人生の一生を追ったノンフィクション寄りのドキュメンタリー映画は、なんとなく見かけてなんとなく借りてきたものだった。
 数年後の自分たちはどうなってるんだろうか。画面を見ながらポテトをつまむ。大学いって、就職して、大人になった自分の姿なんて全く想像できない。その時の俺は母さんを幸せにできてるんだろうか。母さんは笑ってるんだろうか。俺は何をして誰といるんだろう。
 西はたぶん、どこに行っても順応できる。今でこそ初めての景色に興奮してはっちゃけてるけど、しばらく経てば落ち着いて、元々の生真面目さとか好奇心とかと上手く付き合っていい大人になってるはずだ。その時、東と西が友達だといい。例えば今みたいに、たまに遊んだり映画見たり、飯食ったり、そういうのが続いてれば。

 東と西が「友達」になった日、西は照れくさそうに「俺、ずっと東みたいな友達欲しかったんだ」と言った。その時自分はどう返したんだったか。たぶん、適当に誤魔化した。愛想良く上辺だけの言葉を返したはずだ。だってその時、東は西のことを友達だなんて思ってなかった。
 人間の順応性は頗る有能なので、今ではこんな自分のプライベートな場所に招待するなんてこともやってのけている。人を傷つけて自分を守るすべしかしらない東にとっては、少しの恐怖と少しの期待とが変に混ざりあったような友情だった。

 絶対に口に出来ないけど、たぶん、東も西みたいな友達がずっと欲しかった。





「いや〜…俺も思春期だったな…くっそ恥ずかしいこと考えてたわ……………え?何?めっちゃ家のドアノックされてる怖いこれもうノックじゃなくて叩きつけてるでしょ強盗?」
「東ーーーー!!!!!スーパーボール作ろうと思って配分間違えて塩の塊できた!!!あげる!!」
「今すぐ捨てろバカ!!!!!ちょっとくらい感傷に浸らせろ!!!」
「や〜今日も東西は元気だな…楽しそうで何より………」
「南もいたならとめろよ…」
「僕ができるとお思いで!?あ、ちなみに出来がいいの貰いました」
「なんで???」

 大人になるにつれて達観がさらに上手くなってオカン度が上がり続けた東と大人になっても大人しくならないどころかどんどん東に対する礼儀が消えていく西




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