「犬井の弁当はいつも美味いな。お婆さんが作ってるのか?そろそろ礼を言わないとな」
「いや、弁当は自分で作ってるよ」

 その日、真北に電流が走った。えっ何その顔?という友人の言葉すら耳に入ってこないまま思考が宇宙に飛ばされる。何?自分で作ってる?こんな売っててもおかしくない美味いお弁当を…?

「犬井…、お前はいいお嫁さんになるだろうな……」
「オレ男だけど!?」

 てか夕飯たまに食べに来てるだろ…などと呆れ顔をしている犬井は元々主婦スキルがカンストしているため女子力が高い。そこらの能力が死滅している真北と比べるのは些か暴挙のような気がしないでもないが、そこらの女子よりは断然花嫁修業を積んでいると思われる。犬井は大真面目に頷く真北を見て大分嫌そうな顔をしながらも、しかしいつも通り弁当のおかずを半分ほど蓋に乗せて渡した。家庭状況が一般的ではない真北は高校入学してからこの一ヶ月間、よく──ほぼ毎日──犬井からお恵みを頂いている。その代わりに体育の授業で行われるバスケやサッカーの試合では真北が代打を務めるというWinWinの関係だった。
 元々、真北と犬井は顔見知りだ。真北が世話になっている人と犬井が世話になっている祖母が知り合いということもあり、幼少期からよく一緒に遊んでいる。幼なじみと言い替えてもいい。
 真北は正直に言うと犬井のことはなんでも知っているつもりだったので、弁当の件を知らなかったことに少なからず衝撃を受けた。と、言うのも犬井が朝早く起きて弁当を用意する、というビジョンが上手く思い浮かばなかったからだ。

「寝汚いのによく弁当の用意なんて出来るな」
「夜に作って冷蔵してるんだよ」

 なるほど、その発想は無かった。
 犬井は私生活がしっかりしている男だ。時間前行動、バランスのいい食事、就寝時間は日付を超える前であり、敬語などの言葉遣いも完璧。すべてきちんとしているのに、ただ寝起きだけが最悪に悪い。特に暴れたり機嫌が悪いとかではないが、シンプルに起きれないのだ。どれだけ早く寝てもその分多く寝てしまう。目が覚めてしまえばそこからは早いのだが、如何せんそこまでが長すぎる。
 真北の懸念を苦々しい顔で流した犬井は少し拗ねた顔で箸を口にくわえた。珍しく行儀が悪い。

「高校出たら一人暮らしするつもりだしさ。今のうちから自炊練習しとこうと思って」
「相変わらず真面目だな〜そうじゃなくても夕飯はちゃんと自分で作ってるだろ」
「夕飯はばあちゃんも食べるからちゃんとしたの用意するようにって思うけどさ、自分だけが食べるってなるとサボりそうだなって」
「そんなことにはならないと思うが…」

 高校一年生、それも入学からまだ一ヶ月ほどのこの時期にそこまで考えてる男がそう簡単に怠けるだろうか。まあいいか、とウインナーを口に運んだ。無駄に今日にタコさんの形をしている。もぐもぐと咀嚼しながらふと、現状を考えてみた。

 …………………。

「犬井、弁当なんだが…」
「え、不味かった?」
「いや美味い。でもこれ自分だけのための自炊になってなくないか?」
「あっ」






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