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 不快な感覚で目が覚めた。
「またか…」
 ギシッと木が軋み、、聡が寝返りを打った音がした。身体を強張らせ、しばらく耳をそばだてていると、再び規則正しい寝息が聞こえてきた。俺は体から力を抜いて、静かにベッドから起き上がった。
 二段ベッドの上段を覗き込み、そっと聡の様子を窺ったが全く起きる気配はない。
 そのままこっそりと部屋を出て、階段を下り脱衣所へ入る。
「…気持ちわるっ」
 すぐさま下半身の衣服を脱ぎ捨て、洗面台でパンツを洗う。洗いあながら、鏡に映る自分がなんだか惨めに思えてくる。
 最近、週に一度はこの現象にみまわれる。なかなかな頻度だが、原因は何となく見当が付いている。
 俺は自慰行為というものをした事がない。十八年間弟と部屋を共にしているせいで、行為に耽る場所がないのだ。同じ学校に行って、同じような生活リズムで暮らしているので、一人になれる時間もあまりない。
 不健全だということは薄々分かってはいる。だが、俺は元々性欲が薄いから、時々夢精する程度で解決していた。それなのに今になって急に頻度が上がっている。
 いや、それよりも気になることがある。夢の内容だ。思い出すのも恥ずかしいが、聡が出てくるのだ。夢の中の聡は俺の身体を舐めたり、あらぬところを厭らしい手つきで触ったりしてくる。
 弟でそんな夢を見ている自分に嫌悪感しか感じない。男同士の兄弟なのだから、弟でそんな夢を見ること自体おかしい。聡に対する罪悪感でいっぱいになって、思わず深いため息を吐いた。
 洗い終わった下着を洗濯機に放り込む。ついでに溜まっている洗濯物も入れて回しておく。洗った下着を見られたくないから、カモフラージュも兼ねている。
 リビングに行き、取り込んだまま畳んでいない洗濯物の中から自分の下着と制服を選び出して身に着ける。畳んでもどうせまたすぐに着るから、大抵は取り込みっぱなしだ。
 カウンターを挟んだキッチンに行き、冷蔵庫から食パンを二枚取り出し、トースターにセットする。
 昔から、うちの両親は二人とも仕事が忙しく、夜遅く帰ってきて、朝早く出かけるので、顔を合わせることはあまりない。だから家事などは俺と聡が分担してするのが習慣になっている。明確な当番などは決まっておらず、手が空いている方が率先してやる。自然とそんな空気感が出来ている。
「おはよ…」
 焼きあがったトーストとインスタントのコーンスープをダイニングテーブルの上に並べていると、だらしなく背中を掻きながら、聡が起きだしてきた。スウェット姿のままで椅子に座ると、新聞を広げてテレビ欄を読みだす。
「早く食えよ」
 俺がトーストを齧りながら急かすと、新聞を脇へやり、のろのろと食べ始める。聡が朝弱いのは相変わらずだ。
 だが、まだ罪悪感に苛まれている俺は、聡と目を合わせられない。視線のやり場に困り、テレビを点けて、興味もないニュース番組に集中するふりをする。画面の中ではさわやかなニュースキャスターが微笑ましいニュースに顔を綻ばせているが、俺の気分は真逆だ。
『カシャッ』
 突然カメラのシャッター音がした。音の方へ顔を向けると、聡がスマホを構えていた。
「…何撮ってんだよ」
「寝癖すごいから」
「チッ…。消しとけよ」
「んー」
 聡は生返事をして、スマホを置いた。呑気に欠伸をする聡を見ていると、悩んでいる俺がなんだかあほらしく思えてくる。
 俺の写真を撮って何が楽しいのか分からないが、聡はよく俺にカメラを向ける。さすがにネット上に載せたりはしないだろうから放っておいている。
「先に行くからな」
 早く食べ終えた俺は、キッチンのシンクに食器を置いて、鞄を引っ掴むと、罪悪感から逃げるようにそそくさと家を出た。


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