08

 親父が店に来なくなってから体調が回復した俺は、順調に売り上げを伸ばし続け、そうして一年が経った。
「レイ、本当に店を辞めるのか?」
 俺が店に置いていた私物を片付けていると、店長に声をかけられた。
「あぁ。もう借金も返し終わったし、ここで働き続ける理由もないから」
「そうか…。寂しくなるな」
「またギャンブルで借金まみれになったら、帰ってくるよ」
「ハハハ、そうならないように気をつけろよ」
 俺は店長に手を振って、店を出る。今の家からも引っ越さないといけない。金も少ししか持っていないし、これからどうしようかと思いながら、歌舞伎町を歩く。
 ようやくこの街ともおさらばできる。
 よどんだ空を見上げると、ふと桐渕の顔を思い出した。親父の一件以来、桐渕とは会っていない。あいつは俺のことを利用できる道具としか思っていない。そのことを痛感したら、顔を合わせるのが急にしんどくなった。
「……はぁぁ」と大きなため息をつく。
 借金を完済したら女の子をナンパして死ぬほど遊んでやろうと思っていたが、なんだかそんな気分にならない。
 とぼとぼと歩いていると、後ろから「レイさん」と声をかけられた。振り向くと見覚えのある男が立っていた。
「お前…、確か桐渕のとこの玄野だよな。俺に何か用?」
「助けてください! レイさん!」
 舎弟ががばっと勢いよく俺に頭を下げた。
「……は? 急にどうしたんだよ」
 俺は駆け寄って玄野の頭を起こす。
「専務はレイさんのことを大事な人じゃないって言いますけど、俺は本当はそうじゃないと思うんです」
「いや…、あいつは俺のことを利用できる道具としか思ってないよ」
「それは違います。専務は組に入った時から俺にとっての憧れで、そばでずっと見てきたから分かるんです。専務がレイさんのことを大事に想ってるって。レイさんのお父さんのことだって、専務はレイさんのために片付けたんですよ」
「俺のため? あれはただ、親父の借金を取り立てただけだろ?」
「専務はそう言いますけど、本当は違うんです。専務はレイさんの様子がおかしいのがお父さんのせいだって気付いて、レイさんを助けるために動いたんです。あれは専務なりのアプローチだったんですよ! それなのにレイさんがあれ以来専務のところに来ないから、専務の機嫌が悪くて困ってるんです!」
「そんなの知らねぇよ。第一それが本当なら、普通あいつの方から会いに来るだろ」
「専務がそんな素直なことするわけないじゃないですか!」
「知らねぇよ」
「最近なんて、組の中でゴタゴタが起きてて、そのせいで専務の機嫌がさらに悪くなってて、もう会社の中の空気が吹雪いてるんです! だから専務のそばに戻ってください、レイさん!」
「いまさらそんなこと言われても、俺には無理だ」
 その場から立ち去ろうとすると、玄野に腕を掴まれて引き留められる。
「レイさんは専務のこと、なんとも思ってないんですか?」
「あんなやつ、ただの鬼畜なヤクザだよ」
 俺は玄野の腕を振りほどく。
「明日、会社に来てください! 専務が待ってますから!」
 背後から玄野が叫んだが、俺は振り向かなかった。


「待ち伏せをするなと何度言ったら分かるんだ」
 恵比寿の事務所から出てきた桐渕は、道に座り込んでいる俺を見て顔を引きつらせる。一年ぶりに会っても相変わらずだ。
「今日は会社にいるって聞いたからさ」
「チッ、また教えたのか」
 桐渕はそばの玄野を睨みつける。
「す、すんませんっ!」
 玄野は逃げるように路肩に止まった高級車の後部座席のドアを開ける。
 車に乗り込む桐渕の後ろから、俺も滑り込む。
「誰が乗っていいと言った」
「いいだろ、別に」
 玄野は車のドアを閉めた後、運転席に乗り込んでアクセルを踏む。
 桐渕は涼しい顔で窓の外の景色を眺めている。
「なぁ桐渕、また俺のこと買ってくれねぇ?」
「借金は完済したんだろう。俺のところに来なくても、他で働いて稼げばいいじゃないか」
「まだ次の仕事が見つかってねぇんだよ」
「自分勝手なやつだな」
「俺が一年も会いに来なかったから?」
「ハッ、お前などいてもいなくて一緒だ」
「本当に?」
「…何が言いたい」
 運転席の玄野がそわそわしながら、ルームミラーでこちらの様子をちらちらと窺っている。
「素直にならないとモテないよ?」
 俺は桐渕の頭を引き寄せて、唇を重ねる。桐渕は一瞬驚いて身を強張らせたが、すぐに舌を挿れてきた。
 もうヤクザとは関わり合いにならないのが一番だ。そう頭では分かっているが、いつまでも桐渕のことが頭にチラついてうっとおしかった。
「…んぅ、ふぁ…、ん…」
 桐渕と俺の舌が絡みあう。桐渕とは何度も身体を重ねてきたが、キスをするのは初めてだった。主導権はあっという間に桐渕に取られ、桐渕の舌が俺の口内を余すところなく舐めていく。
「…ぁ、…んぁ、…っ」
 ようやく離れたころには、俺はカウパーでジャージの前を汚していた。
「玄野」
「は、はい!」
 急に呼ばれた玄野がびくっと背筋を伸ばす。
「悪いが、しばらく外で待っていろ」
「分かりました!」と返事をして、玄野は急いで車を出ていく。
 桐渕が俺のティーシャツの中に手を入れて、胸の突起を摘まむ。
「…っ、家に着くまで待てねぇの?」
「うるさい、黙って喘いでろ」
 そう言って桐渕に唇を塞がれる。
「…っ、ぁ、…ふぅ…、っ…」
 俺は桐渕のスラックスの前を寛げて、取り出したものを手で上下に扱く。桐渕のものが俺の手の中で膨らんでいくのが少し嬉しい。
 そうして俺は桐渕の上に跨るように座らされ、後ろから指を挿入される。
「ここで何人咥えこんだんだ?」
「…ッ、そんなのいちいち数えてねぇよ…!」
 胎内の感じるところをぐっと押され、甘い声が漏れる。
 濃厚なキスをされながら、後ろを弄られて身体がとろけていく。桐渕の手にかかると、俺はすぐにぐずぐずにされてしまう。
 桐渕を中で感じたくて、自然と腰が動く。
「………もう、早く挿れろよ…ッ!」
 痺れを切らした俺を見て、桐渕はにやりと笑う。
「もっとかわいくおねだりできたらな?」
「…ッ、誰がするかよ」
「しないといつまでもこのままだぞ」
 桐渕の指が俺の胎内を焦らすように擦ると、俺の股間から先走りがこぽりと溢れる。
「………っ、桐渕さんのちんこで、俺の中っ…、めちゃめちゃに突いてください…ッ」
「よく言えました」
 桐渕は満足げに微笑むと、俺の中から指を抜き、そこに自身のものを宛がう。
「―――アぁぁッ!」
 貫かれた瞬間、稲妻のような快感が身を貫き、俺の股間から白濁が勢いよく飛び出した。
「挿れただけでイったのか。とんだ淫乱だな」
 桐渕はイったばかりで敏感になっている俺の胎内に、容赦なく突き上げる。
「…あ、んぁ、…ア、ぁ、んぅ、…ッ」
 止めどなく溢れてくる快感で自分が壊れてしまいそうな錯覚に陥り、思わず桐渕の首に手を回す。
「自分でも動いてみろ」と言って、桐渕が腰の動きを止める。
 俺は甘い息を漏らしながらも、ゆるゆると腰を動かす。
「少しはうまくなったじゃないか」
「……うるせぇ」
 いつも上から目線でムカつく。
 俺は桐渕をイかせてやろうと、艶めかしく動く。
「……っ」桐渕が少し眉を歪めた。
「上に乗られてイきそうになってのか?」と挑発する。
「誰がイきそうになってるって? イくのはお前だろ」
 がつんと腰をぶつけられ、背中がのけぞる。
「お前…っ、動くなよ…! 俺が動くんだから…!」
「今度は俺が犯してやるよ」
 俺はそのまま車のシートに寝かされ、桐渕にがつがつと腰を振られる。俺の股間はどんどん膨らんでいき、もうはちきれんばかりだ。
「…あ、んァ、ッ、…んぅ、…も、もうむりッ…!」
「まだ無理じゃないだろ」
「―――あァぁぁッ…!」
 びゅくびゅくと噴出した白濁が俺の腹を汚す。
 それでも桐渕は動きを止めない。
「や、ぁ、…はぁ、んぅ…ッ、あ、ぁ…っ」
 桐渕は俺の唇を塞ぎながら、大きく腰を打ち付け、俺の奥に精液を注ぎ込む。桐渕のものが脈打つのを感じる。
「はぁ、はぁ……」
 やっと終わった。
 肩で息をしていると、異変に気付く。
「……? あれ、また大きくなってねぇか…?」
 俺の中で桐渕のものが、みるみるうちに大きさを取り戻していく。
「もう一回だな」
「いや、もう無理だよ…!」
 悲痛の叫びも虚しく、俺は桐渕が満足するまで付き合わされた。


 戻ってきた玄野が車を桐渕の自宅に向かって走らせている。
 結局、中で三回も出された。俺は精気が尽きるまで搾り取られ、ぐったりと桐渕の肩に頭をもたせかける。
「やっぱ俺、お前とは無理かも。こんなんじゃ身体がもたねぇよ」
「自分から戻ってきたんだろう」
「戻ってきてやったんだよ」
 桐渕に手を突き出す。
「なんだ?」
「三回出したから三千円。ちゃんと払えよ」
 桐渕は財布から取り出した三枚の札を、俺の手に置く。
「どうも。……え、三万円?」
 渡された三枚は全て一万円札だった。
「今のお前なら、一発一万で買ってやるよ」
「まじで!? やった!」
 飛び上がって喜んでいると、桐渕に鼻で笑われる。
「なに笑ってんだよ」
「いいや、別に。早く仕事を見つけろよ」
「分かってるよ。でもその前に、一発競馬に賭けちゃおっかなー」
「おい。お前反省してねぇだろ」
 歪な関係の二人を乗せた車は、ネオンに煌めく街へと消えていった。


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