01

北折きたおりのやつ、どこ行ったんだよ…」
 時折、吹き付ける風が辺りの木々を揺らす。
 どの方角を見ても、同じような木々が乱立しているだけの同じ景色が広がっている。
「…完全に迷った」
 友人の北折に誘われて、山登りに来たはいいものの、途中ではぐれてしまった。辺りを見回しても景色は同じで、自分がどの方角から来たのかも最早分からない。
 携帯を何度確認しても圏外で、一向に電波が入る気配はない。
 もう北折とはぐれてから30分ほど経つが、パニックも相まって歩き回ってしまったせいか、自分の今いる位置も分からない。
「もう最悪だよ…。こんなことになるなら、来なきゃよかった…」
 大学時代に好きだった相手に、1年ぶりに遊びに誘われて浮かれてしまい、慣れないアウトドアに付いてきてしまったが、断っておけばよかったと今更ながらに後悔する。まさか遭難してしまうだなんて、思ってもみなかった。ただでさえ恋愛対象として見られていない俺なのに、こんな迷惑かけていたら、好感度を上げるどころか、嫌われてしまうかもしれない。
「救助隊とか、来てくれんのかなぁ…」
 深いため息と共に、近くの木陰に腰を下ろす。北折がすでに誰かに助けを求めていたとしても、見つけてくれるまで数時間はかかるだろう。暗くなるまでに見つけてもらえるだろうか…。
「誰も見つけてくれなかったら、どうしよう…」
 一人という心細さもあり、段々と不安になってくる。熊が出ることが稀にあると北折が言っていたのをふと思い出してしまい、時折吹く風が、辺りの草むらを揺らすたび、熊ではないかと思い、身体がビクついてしまう。
 藁にも縋る思いで、携帯を何度も確認するが、圏外であることに変わりはない。
「北折…」
 俺は男しか好きになれないが、好きになった相手と結ばれたことは一度もない。俺が好きなってしまう相手はみんなノンケで、気持ちを伝える勇気すらなかった。それでも性欲だけは一人前にあって、寝る相手はいつも行きづりの相手だ。それでも心の中にあるのは北折の事ばかりで…。いつまでも気持ちを伝えられずに、うじうじしている自分が嫌になる。
「北折、心配してるだろうな…」
 ここから動かずにじっとしていた方がいいのか、それとも自ら動いて人を捜しに行った方がいいのかも分からない。
 困惑している間にも、刻々と陽は傾いていく。
「…やっぱり捜しに行こう」
 何もせずにじっと救助を待っているだけでは胸の中に不安がどんどん膨らんでいく。危険かもしれないけれど、何か行動を起こさないと、不安に押しつぶされてしまいそうだ。決心して腰を浮かそうとした瞬間、目の前の草むらがガサッと音を立てた。反射的に音のした方に顔を向ける。風は吹いていないのに、草むらがガサガサと音を立てている。


- 1 -

*backnext#

-家庭内密事-
-彼の衝動-