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 谷端が江波の家へ来るのは、もはや放課後のルーティーンとなっている。谷端は我が物顔で江波のベッドに横になって漫画を読みふけり、江波は床にあぐらで座ってベッドの縁に寄りかかりながら、スマホの画面に夢中だ。
「江波さぁ、光木さんのこと好きだろ」と谷端が漫画から目を離さずに、唐突に口を開いた。
「……はぁ?」江波は図星を突かれて怯んだが、何食わぬ顔を装う。その証拠に指でスマホの画面をスワイプし続けてはいるものの、内容は全く頭に入ってきていない。
 光木さんは谷端と江波と同じクラスの女子だ。小柄でかわいらしく、学年を問わず男子から人気がある。
「なんでそんなこと聞くんだよ」と江波が問い返す。
「告白しないのかなと思って」
「俺が告ったって、光木さんと付き合えるわけないだろ」
「まぁ、お前童貞だもんな」
「なッ……、それとこれとは関係ないだろ!」江波は傍に合ったクッションを力任せに谷端に叩きつける。
 谷端はクッションを迷惑そうに受け止めながら「関係あるだろ」と言う。「光木さんは去年まで、あの白井先輩と付き合ってたんだぞ。白井先輩はサッカー部の部長で、学校中の女子からめちゃくちゃ人気あったんだから。きっといい彼氏だっただろうよ」谷端は江波の肩に手を置く。
 江波は谷端をじろりと睨む。「…なにが言いたいんだよ」
「要するに光木さんの彼氏になるには、白井先輩並みのスマートさが必要だってことだ。女の子とデートもしたことがない江波が、光木さんのことをかっこよくエスコートできるのか?」
「それは……」江波は図星を言い当てられて、言いよどむ。
 谷端が言うように、江波にはできる自信がない。江波は成績が悪く、見た目も平凡の域を出ない。そのうえ友達も少なく、人付き合いの苦手な江波は、女の子とまともに話したことがない。ましてや好きな女の子の前でいつも通りでいられるわけがない。江波はそう考えて肩を落とす。「俺が光木さんに相手にされるわけがないことなんて、とっくに分かってるよ」
「告白する前から諦めるのか?」
「……駄目だって分かってるのに、わざわざフラれに行く必要ないだろ」江波はそう言って唇を尖らせる。
「でも、江波が余裕のある男になれば、ワンチャンあるんじゃないか?」
「余裕のある男って……、そんなのどうやってなるんだよ」女の子の扱い方は、付け焼刃で身に付くようなものじゃないことは江波もよく知っている。
 谷端は顎に手を当てて考えるそぶりをした後、いいことを思いついたと言って、指をパンチと鳴らす。
「俺で練習すればいいんだよ」谷端は名案だとばかりに顔を輝かせているが、江波は何だか嫌な予感がして眉を顰める。
「練習? なんの?」
 谷端は答える代わりに江波の手を握る。指を絡め、恋人繋ぎにした手を目の前にかざす。
「こういう練習」
「手を繋ぐ練習? 谷端と手繋いだって、なんの練習にもならないんだけど」江波は繋がれた手をもぎもぎと握る。
 すると谷端はフッと笑って、何の前触れもなくいきなり江波にチュっと音を立てて唇にキスをした。
「おま…ッ、な……ッ」
 驚きすぎて口をあわあわさせる江波を見て、谷端は「その反応がもう童貞なんだよ」とため息交じりに呟く。
「江波は人付き合いもあんまり得意じゃないだろ。でも、こうやって人に触れることに慣れていったら、俺以外の人と接するのも苦じゃなくなっていくと思うんだ。そうなれば、光木さんの前でも変に緊張したりしないし、余裕だって生まれてくるだろ」
 谷端は手足がすらりと長く、凛々しい顔立ちをしており、女子にもモテる。経験豊富な谷端がそう言うなら、一理あるような気もしてくる。「……うまくいくかな」
「きっとうまくいくよ」と言って、谷端は手慣れた動作で再び唇を重ねる。「こうやって、スマートにキスできる方がかっこいいだろ?」
 江波はなんだか恥ずかしくなって、目を逸らす。「…それは、そうだ」
「江波からもしてみろよ、ほら」谷端は目を閉じて、江波に向かって顔を突き出す。
 江波は戸惑いながらもぎこちなく唇を重ねたが、顔の角度をうまく調整できずに鼻頭同士が当たってしまったのを谷端に笑われた。江波は恥ずかしさを隠そうと、谷端の唇に噛みついた。


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