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「梶井さんっ!これ良かったらどうぞ」
 目の前では頬を朱に染めた、総務課の女の子が高級チョコブランドのロゴが書かれた紙袋を差し出している。肩口まである茶髪は、ふんわりとカールしていて、可愛い今時の女の子だ。
「ごめん、俺本命にしか貰わないって決めてるからさ」
「そうなんですか…。ごめんなさい」
 俺が少し困ったように微笑むと、彼女は堪えきれない涙を隠すようにして、走り去っていった。
 もう昼休みだというのに、俺にチョコを渡しに来る女子が後を絶たない。
 朝、出勤してきた時に、会社の受付の女の子にチョコを渡されて、今日がバレンタインデーだということに初めて気づいた。
 本当は本命なんていもしないが、下手に貰うと後でお返しを渡さなくてはならないのが面倒くさいので、相手が誰であろうと断っている。
 自分のデスクに戻ると、可愛らしくラッピングされたクッキーやらチョコが数個置かれていた。
「さっき女の子が置いてったぞ」
「俺が受け取らないの知ってるだろ。代わりに断っといてくれよ」
 隣のデスクに座る、同僚の森本がパソコンのキーボードを打つ手を止めて、こちらに向き直る。
「馬鹿言うなよ。断って責められるの俺なんだからな」
 唇を尖らせる森本を横目に、デスクにつく。
「俺、甘いの苦手なんだよ」
「俺みたいに早く結婚すりゃあ、そんな憂き目に遭わずに済むぞ。仕事もできるし、お前なら、本気出したらすぐ出来るだろ」
「そんな簡単に出来たら誰も苦労しねぇよ」
 既婚者の余裕をかます森本に、クッキーの詰まった袋を差し出す。
「いるか?」
「いらねぇって。そんなことしたら後が怖いのなんの。明日から女子社員に総スカン喰らうっつぅの」
 入社初年度から繰り返されているように思うお決まりのやり取りを済ませると、二人してパソコンと睨めっこして、仕事を再開する。
 森本は学生時代から付き合っていた彼女と、大学卒業と同時に結婚したらしく、既に子供が一人いる。目がくりっとした女の子で、将来は美人になるぞと、酔う度に子供の写真を見てはでれでれする森本を見飽きたほどだ。
 子供はいいぞと森本は言うが、俺に子供ができる日は来ないと、森本には決して言えないだろう。


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