11

「オリヴィアは本当にリーマスのことが好きなんだね」

鏡の前で立ちすくむ私は、ジェームズ先輩の口から紡ぎ出された言葉を上手く呑み込めなかった。
なぜこんな状況になっているのか、順を追って話そうと思う。


午後の授業が終わってエリーと二人で廊下を歩いている時だった。
アミーとベルが変身術の宿題を提出しに行くと言っていたので、ついて行こうかと言ったらついて来なくていいから代わりに図書室へ行って《クィディッチ今昔》を借りてきてと言われたのだ。
双子はクィディッチのルールをざっくりとしか知らないから、私が選手になるんならちゃんとルールを知っておきたいらしい。

図書室へ向かう廊下を談笑しながら歩いていると、曲がり角の向こうからバーン!と大きい音がして、思わずエリーと目を合わせた。
何事だと思いながら二人でひょっこり顔を覗かせて角の向こうを見ると、ジェームズ先輩とシリウス先輩が全速力で走っている。
その後ろから管理人のフィルチさんが追いかけてきてるので、エリーと顔を見合わせながら、なんだ、また悪戯してたのか、先輩達も懲りないよねと笑いあう。
笑っていたけど、先輩達がこっちに向かって逃げてくるせいで顔を引き攣らせたのと、私達に気付いた先輩達が「あ」と口を開けたのは同時だった。
次の瞬間、私の手はジェームズ先輩に繋がれて引っ張られた。

「シリウス!またあとで!」
「おう!」

縺れる足でなんとか転ばないようにしながら振り向くと、私と同じように引っ張られてるエリーとシリウス先輩が反対方向に駆けていくのが見える。

「ジェ、ジェームズ先輩!なんで私までっ!」
「今フィルチの目に入ると絡まれてしまうからさ!」

そうさせたのは先輩達でしょ!と叫びたかった。
けど転ばないように先輩と走るだけで精いっぱいだったから、それも喉の奥で消えてしまう。
そして空き教室を見つけたジェームズ先輩に引っ張られるまま、やっと足を止めれると思い教室に飛び込んだ。

「ごめんねオリヴィア、大丈夫かい?」
「もっ、もう!悪戯するなら人のいない所でしてくださいよ」

息を切らしながら言う私に、ジェームズ先輩はケロッとした顔で「それじゃ楽しくないじゃないか」と言い放つ。
まったくこの先輩は、、。
内心ため息をついていると、先輩はキョロキョロと教室内を見渡してから何かを見つけてポツリと呟いた。

「なんだろうあの鏡」
「え?」

息を整えてから顔を上げてジェームズ先輩の視線を辿ると、そこには大きな姿鏡があった。
教室にただ一つポツンと置かれているその鏡は明らかに不自然だけど、何故かとても魅力的に見える。
引き寄せられるように先輩と二人で近寄って鏡を覗き込むと、なんとそこにはリーマス先輩が映っていた。

「「えっ」」

隣にいるのはジェームズ先輩のはずなのに、と驚いて隣を見上げると、同じような声を出して私を見るジェームズ先輩と目が合う。

「...オリヴィア、君まさかと思うけどポリジュース薬飲んだリリーじゃないよね?」
「...先輩こそ、まさかと思いますけどリーマス先輩が化けてるんじゃないですよね?」
「「......」」

無言で先輩と頷き合う。
どういうことなんだろう。
私が見た鏡にリーマス先輩が映ったように、ジェームズ先輩が見たらリリー先輩が映っていたということだろうか。
いや、そんな鏡ある?
鏡とは目の前にあるものそっくりそのまま映すもの、のはずなのに。
もう一度鏡に視線を戻すと、本物の私より少し大人っぽくなった私がリーマス先輩と手を繋いでいる。
手なんていつも繋いでもらっているのに、なんだか胸がドキドキした。
恥ずかしくなってきたので慌てて目をを逸らして口を開く。

「せ、先輩には何が見えてますか?」

ジェームズ先輩を見上げると、先輩はいつもみたくニヤッとした笑い方じゃなくて、幸せそうな、愛おしそうな顔で鏡見つめていたのでローブの袖をクイッと引っ張ると、ようやく私を視界に入れた。

「鏡の中で、僕とリリーが結婚式をしてるんだ。ドレスを着たリリーがとっても魅力的でね、見とれちゃったよ」

はにかんだ先輩が私には何が見えるのか聞いてきたので正直に成長した私とリーマス先輩が手を繋いでいるのが見えたと答えると、先輩は少し考えるように顎に手を当てて口を開く。

「もしかして、未来が見える鏡、とか?」
「、でも、鏡に映ってるリーマス先輩は成長してません。私だけが、成長して、、、っ!?」

これが未来を映す鏡であれば成長した私と同じように、リーマス先輩だって成長しているはず。
制服を着ているのはおかしい。
まじまじと鏡を見ていると、リリー先輩と同じくらいの背丈に成長した私とリーマス先輩は、繋いでいた手を解き、確かめるように抱き合い、愛おしそうに頬に手を添え、

そして、キスをした。

「なっ、なんで!」
「え、なに?どうしたんだい?」
「そんな、なんで?、どうして、リーマス先輩とキスして、、」

顔を赤くしながら口を両手で覆う私に、ジェームズ先輩は目を見開く。
そして鏡全体をくるりと見渡して口を開いた。

「...みぞの鏡」

ここに、そう書いてある。
ジェームズ先輩はそう言って鏡の淵を杖でなぞる。

「な、なんですか、みぞの鏡って、」

杖で淵をなぞっていた手をピタリと止めたジェームズ先輩が振り向いて、優しく微笑んだ。

そして冒頭に戻る。



「な、んですか、急に、」
「だってこの鏡にリーマスが映って、そしてキスをしていたんだろう?
この鏡はみぞの鏡、正しくは望み鏡ってところかな。鏡の前に立つ者の真の望みを映す鏡なのさ」

真の、望み?
それじゃ、私は、本当にリーマス先輩のことが、、

「好き、なの、?」
「わーお。ホントのホントに無自覚だったんだね」

ジェームズ先輩は呆れたような、困ったような、なんとも言えない顔をして笑う。

「まだ、自分の気持ちがわからないかい?」

そして先輩は、未だ呆然としている私と視線を合わせるように屈んで、真っ直ぐに目を合わせてきた。
真剣な目で見られても、私はなんと答えれば良いのかわからないまま俯く。
わからないよ、だって、私まだ11歳なんだよ?
私から見たら先輩達は大人だし、先輩達から見れば私はまだまだ子供。
鏡の中のように私だけが成長してリーマス先輩の横に立てたならいいのだけれど、現実の年の差は埋まらない。
それに、リーマス先輩の事を好きだとして、隣に立てたとして、それでも、周りからはいい所で兄弟に見える、恋人同士なんて認識される訳ない。
そんなの、あまりにも滑稽過ぎる。

「オリヴィアが今何を考えてるかわからないけど、下らないことを考えて自分の気持ちを誤魔化さない方がいいと思うよ」
「、下らない、って」

先輩の言葉に、手をグッと握りしめた。
下らなくなんて、ない。
だって、リーマス先輩は私のこと、きっと。

「先輩からしたら、私は、まだまだ子供です」
「そうかもね」
「っだったら、こんな気持ち、意味がないじゃないですかっ!」

自分で思っていた事なのに、いざジェームズ先輩に肯定されたら余計に惨めだ。
悔しい気持ちで睨むように見返すと、先輩は眼鏡の奥のハシバミをスッと細めてニヤリと笑った。

「まぁ、好きだって気持ちをなかったことにするなら止めないよ。だって、リーマスはセシルと付き合ってるし」
「え、」

思わず目を見開く。
そして見開いた目からボロリと涙が零れた。

「なんてね、ウッソだよー!、、って、な、泣いてる!?ごめんごめん!ウソウソ!リーマスは誰とも付き合ってないよ!」

悪戯が成功したようにジェームズ先輩がニッと笑った後、私の頬に流れる涙を見てサッと顔を青くする様を滲む視界で見つめる。

「、う、そ」
「本当にごめん!泣かせるつもりじゃなかった」

そう言って先輩は私が握りしめていた手を両手で包み込んで、眉を下げた。

「ごめんね、焚き付けたかっただけなんだ」
「そう、ですか、、そっか、よかった、」

よかった、リーマス先輩が誰かのじゃなくて。

「っ、」
「、オリヴィア?」

今、自分が心の中で思ったことに、自分で驚いた。
そうか、私は、リーマス先輩の中で一番になりたいんだ。
私は、リーマス先輩の事が、、

「、好き、なんだ」

ようやく自分の中にある気持ちを理解出来た。
リーマス先輩への気持ちはストンと胸の中に落ちて、自覚した感情に胸がドキドキと高鳴った。
その感覚は、入学式の日に感じたのと同じ。

「私は、最初から、リーマス先輩のこと、好き、だった」

目の前のハシバミの瞳を見つめ返して、ポツリポツリと自分で確かめるように言うと、ジェームズ先輩は安心したようににっこりと微笑んだ。

「うん、気付いてたよ」
「、自分でも知らなかったのに、先輩も、みんなもわかってたんですか?」
「うん」

先輩はクスクスと楽しそうに笑って、「リーマスを見る顔はいつだって愛おしそうにしてたから」と言う。
ボッと顔が熱くなるのを感じた。
そんなにわかり易かったのか、私は。
え?まって、

「っ、それじゃ、リーマス先輩も私の気持ち知って、」
「いや、リーマスは気付いてないんじゃないかな。自分の事となると鈍いし、それに、」
「それに、?」
「ううん、なんでもないや」

気付いてないと言われてホッと胸を撫で下ろす。
鈍いのは意外だけれど。
それに、と何かを言いかけた先輩は一瞬辛そうに顔を歪めたけど、すぐにさっきまでの笑顔に戻ったから聞けなかった。
ジェームズ先輩には、聞いちゃいけない気がした。

「それで、リーマスに気持ちは伝えるんだよね?」
「まだ、伝えません」

その質問には首をふるふると振って答えた。
先輩は驚いたような顔をして何故か聞いてくる。

「だって、私まだ何もしてません。リーマス先輩に好きになってもらえること、何もしてないから、」

だから、これから好きになってもらえるように努力します。
そう伝えると、先輩はパチパチと目を瞬かせてから唐突に大きな声で笑い出した。

「なっ、なんで笑うんですか!」
「アハハッ!いや!オリヴィア、やっぱり君サイコー!」

私はムッとしてから、つられるようにして笑った。
笑われたことは納得出来ないけど楽しそうな先輩を見てたら、まぁいっかと思えてしまったのだ。

「協力するよオリヴィア。いっしょにあの皮肉屋を落とそう!」

そうと決まればさっそく寮に帰ろう!と言って、入って来た時と同じように手を引っ張られて部屋を後にした。





「ジェームズ、君、覚悟は出来てる?」
「えっ」

寮に戻るなり、談話室にいたリーマス先輩は私達を見てから唐突にジェームズ先輩の胸ぐらを掴んだ。
何が怖いって、言葉と裏腹に笑顔な所が怖い。
突然のことに私まで固まってしまう。

「な、何かなムーニー、僕が何かしたかい?」
「君達の悪戯にオリヴィアとエリーが巻き込まれたらしいじゃないか。しかも帰ってくるのがやけに遅いと思ったら、なんでオリヴィアを泣かせてるんだい?」

一息にまくし立てるリーマス先輩。
ジェームズ先輩はバッとこちらを振り向き、私はもう泣き止んでるのでぶんぶんと首を振った。
そうしていたら横で様子を伺っていたベルがサッと手鏡をこちらに向けてきて、もう自覚してるからいいよと呆れながら手鏡を見れば、目が真っ赤になっている私と目が合う。
しまった、と思った。

「オリヴィア、ジェームズに何されたんだい?可哀想に、目が真っ赤だ、、」

悲しそうに眉を寄せるリーマス先輩に至近距離で見つめられ、泣いた理由を思い出した私はぱくぱくと口を動かして、目だけじゃなくて顔も耳も真っ赤にしながら、逃げた。
シリウス先輩もリーマス先輩も、いちいち近い!

「あっオリヴィア!」
「待って!せめて誤解を解いてから行って!オリヴィア!オリヴィアーーー!!」

自覚した途端、リーマス先輩に見つめられるのが恥ずかしくなってしまった。
ジェームズ先輩の悲鳴を聞きながらベッドに飛び込んで、真っ赤な顔を冷やすように枕に顔を沈めた。
逃げたことは本当に反省してます、ジェームズ先輩ごめんなさい。