episode.5

「ごめんね、はるちゃん。寂しかったよね」

 小さい体をぎゅっと抱きしめる。彼はなるべく早く帰っていると聞いていたけれど、こんなに寂しい思いをしていたなんて。

「この部屋の人はね、急にいなくなっている訳じゃないんだよ」
『そうなの?』
「お仕事っていってね、はるちゃんと一緒に暮らすために頑張ってきてるんだよ」
『ほんとう?』

 ガラスの様な瞳がゆらゆらと揺れている。言葉も通じず、どんなに心細かったことか。

「お仕事に行かないと、はるちゃんと居られなくなっちゃうから。
だから、お部屋からいなくなっちゃうときがあるんだ」

 怖くないよ。少しでもそんな思いが伝わるように、ゆっくりと頭を撫でる。

「はるちゃんが待っててくれるから、頑張れるんだ」
『絶対に帰ってくる?もうひとりぼっちにならない?』

 泣きそうな震えた声。切実な思いに胸が張り裂けそうだ。
この子は元捨て猫で、元々は兄弟と一緒に段ボールに入って捨てられていたところを保護されたと聞いている。ただ、兄弟の方は助からずにこの子だけなんとか助かったらしい。そんな境遇の子を助けられてよかったと言っていた彼だったが、心はまだ助けられていなかった。思いは伝わっていなかった。人間のエゴで自己満足で終わっていた。
 ちゃんと伝えなくちゃ。この子がもう悲しまないように。
だから言葉を交わせるようになったのかもしれない。心まで救えるように。

「大丈夫、絶対に帰ってくる。待ってることをお留守番って言うんだよ」
『おるすばん』

 ゆっくりと、一生懸命言葉を落としていく。

「うん。だから、もうドアの前で必死に呼ばなくてもいいんだよ」

 もう大丈夫。その思いを込めて、にっこりと微笑みかけた。