「朝じゃぞ! ほんに、朝に弱いのは変わらんのお!」
「……おはよお」


いつも通りの朝。昨日のことなんてなかったみたいに、いつも通りに起こしてくれた陸奥に、私の態度もいつも通りだ。


「もうちょっと寝たいな……」
「何をいいよるんじゃ! 二度寝するといつにもまして起きんじゃろう!」
「ええ……んもお」


今日ぐらい気を遣ってくれて二度寝も許してくれるかなと思ったけれど、そんなことはない。今日も昨日の朝と同じくらいに容赦ない起こしっぷりである。


「今朝はほっけ……」
「ない! 諦めえ!」


布団をはぎ取って畳に転がった私を、背後から羽交い締めするみたいに立たせてから、背中をばしんと叩く。痛いっていえばまあ痛いけど、別に痛い!と主張するほどでもないそれに、私は渋々と顔を洗いに行ったのだった。


「ほっけがないくらいなんじゃあ! 皆が手間暇かけて作ってくれた朝餉ぜよ!」
「ううう……や、そうなんだけどさあ」


別に、普段の朝食が物足りないと言っているわけではないけれど。そんな風に言われてしまうと、もう何も言えない。普段は中々食べられない食べ物は特別なのだからと思うけれど、確かに朝早く起きてご飯を用意してくれる皆のことを思えば、そんなことを言う方が無神経というものだ。


「ほっけは特別なんだよお……皆の作ってくれる料理も毎日特別なんだけどさあ……」
「そうじゃろお! すぐ準備してくるき、顔を洗って支度しておくんじゃぞ」
「はーい」


目をこすりながら洗面所に歩いていく。大きなあくびを一つして、私はいつも通りの日常が返ってきたんだなあと安堵した。
さすがは陸奥だ。昨夜私が頼んだことをしっかり果たしてくれている。初期刀で私の大好きな陸奥守吉行という刀は、私にとってやっぱり特別な相手だった。

ますます、好きになってしまう。
この感情が、恋愛成就という形で報われることは一生ないけれど。

でも、それも覚悟の上だ。
今更、心が痛むこともない。







「ポニーテールだあ! かわいい!」


手鏡を受け取って確認する。高い位置で結われたポニーテールに、昨夜リクエストしたリボン。小さく横に揺れれば、それに呼応するように弾む髪。ポニーテールとはよくいったものだ。尻尾みたいに揺れるそれが見目にも楽しく写る。


「ありがとう、陸奥」


自分じゃこんなに綺麗に結うことなんて出来ない。にっこりと後ろを振り返って陸奥に微笑めば、陸奥は少しだけ困ったように笑っていた。


「なんの。これくらい、わしにかかれば朝飯前じゃ! なんちゃあない!」
「もうずっと結ってくれてるもんね。最初の時よりもずっと上手だし、陸奥は器用だねえ」


いつもの日常だ。昔から、そしてこれからも続くと思っていた。





――けれど、今日はいつもの朝と違うことがあって。


「審神者様! 昨日お話しした見合いのお話ですが! 先方からお返事がありまして! 日程も押さえられそうですが、いつになさいますか?」
「いつになさいますか!? その話終わったじゃん! 受けないっていってんじゃん!」


とてとてとこんのすけが入ってきて、そんなことを言い出すものだから本当に吃驚した。昨日あれだけ嫌だやらないと何度も何度も言ったのに!どうしてそれなのに、こんなに話を聞かないのだろう。


「まあ、最初は嫌がることもうやむなし――しかしですね、陸奥守様からは例え審神者様が嫌がっても! わりと強引な手を使ってでも! 見合いはさせたいという要望を抱いておりましたので、話は進めておりました!」
「え?」


自分のせいではない、と遠回しに含みを持たせながら、こんのすけは強気な態度でそんなことを言う。


「そう、なんだ。……そう」


私といえば、昨日あんなに陸奥に訴えたのに、それでも見合いを強行させようとしていたのかと、その事実にショックを受けずにいられなかった。


「陸奥……?」


後ろの陸奥を見上げて、なんだかすごく、泣きたくなる。

ひどい、と目で訴えた。言葉なんて出てきやしない。


「ちがうぜよ! 誤解じゃあ! わしはそんなこと――……いや、最初はいうておったが!」
「言ったんじゃん……」


もう大きな声で文句を言う気も起きない。私は肩を落として、陸奥から目をそらした。
けれどすぐに、私の横に移動した陸奥が私の肩を掴んで声を張り上げる。


「もう言うておらん! 主は誰にもやらん! 嫁にはやらん!」
「じゃあ何で見合いの話が進んでるの。陸奥が決めた見合いでしょこれ」


最初から最後まで私の意見なんて聞きもしないで。
せっかくいつもの日常が戻ったって思って、本当に嬉しかったのに。


「陸奥守様? お話が違うようですが……審神者様を説得するから話を進めておくように指示してきたのは陸奥守様では?」
「そうじゃな! そうじゃが! もうええんじゃ! すまん! 伝えるのが遅くなったが、もう見合いはええ! もうその話はしまいじゃ!」


恨みがましい目を陸奥に向ける。陸奥は焦ったように私の肩を揺らしながら、「誤解じゃき!」と訴えてくる。


「昨夜は色々あったき、こんのすけに連絡するのはまた明日にしようと思って……ちょうと、忘れてしまってなあ」


そう訴える陸奥の焦り具合とは裏腹に、私の膝に乗ってきたこんのすけも、同じく陸奥に恨みがましい目を向けている。


「陸奥守様。わたくしは審神者様のためにと見合いを強行したい陸奥守様に協力している立場なのですが。そうころころ話を変えられては困ります! もう既に相手方のお返事もきた今、簡単になかったことには出来ないのですが!?」

「うっ……そりゃそうじゃろうが……わしも悪気があったわけじゃなくてじゃな」


私はため息をついて、こんのすけの頭に手の平をおいてぐりぐりとする。


「こんのすけ……その見合い今から断ったらどうなるの。やっぱ駄目でしたって」
「出来なくはありません。が、向こうの審神者様は多大なショックを受けるでしょうね! これが原因でトラウマになって、主君がもう見合いに望まなくなって独り身で生きていくことになったら、勿論、見合いを申し出た相手方の刀剣男士の方も! 皆! 悲しむでしょうね」
「うわあ最悪」
「見合いが決まった途端、やっぱり嫌だと相手から拒否をされてしまっては、面目丸潰れですとも……元はといえば、こちらから是非にと言って成立した見合いなわけですからね!」
「もう本当無理なんだけど」


心象最悪すぎてそれ以上の言葉なんて出てこない。たっぷり同情を誘うようにそう続けたこんのすけに便乗して、私も恨みがましい言葉を吐き出していた。


「それは……うう、返す言葉もないけんど……」


しゅんとする陸奥。その姿はもの珍しくてなんだか可愛く見えるけれど、今はそういう言葉で流すこともできない。
陸奥が私の頼みを聞いたのは確かに昨夜だったから、方針の変更をこんすけに伝えることを明日の朝にしようと思ってもおかしくないけれど。でも、それよりも先に見合いを進めていたのなら、それでは遅かったわけで。なんなら、もう夕方はに話が成立していたのではという感じかな。


「陸奥。詰めが甘いんじゃないの」
「ほんに、おんしの言う通りぜよ……」


今度は私の前で両手をあわせて頭を下げるから、私はそれ以上何も言えなくて。誤解なのは分かったし、陸奥にそんなつもりがないことが分かったけれど、事態は少し面倒になっている。

断れないわけではないけれど、こちらから是非にとごり押しして成立した見合い。相手方の心象を考えれば、断るのは良くない……のだろうか。いやでも、結婚する気が全くないのに見合いすることの方が失礼だし、相手の時間を無駄に浪費することにならないだろうか。


「相手の審神者ってどんな人なの。顔とかじゃなくて、性格っていうか。そういうのも、直前まで相手には知らせないの? 会ってからのお楽しみみたいな?」
「いいえ。それくらいでしたら……」


そう言って、こんのすけはつらつらと話し始めた。


「お相手の方は、引っ込み思案な方のようですよ。お優しいですが奥手な方で、それで刀剣男士の方が背中を押したがっているようで。こちらが是非にとお願いしたことで、お相手の審神者様も、そういうことならばと勇気を出されたようで」
「断りにくすぎ。ちょっとさ、相手の刀剣男士の方に交渉できない?」


どうにかならないかと食いつくも、こんのすけは困ったように嫌そうな素振りを見せるだけだ。


「お相手の刀剣男士の方、ものすごーくやる気に満ちあふれております」
「………断れない?」
「こんのすけは恨みを買いたくありません。というか、この制度、面白半分や冷やかしで参加したことが判明しますとペナルティがございますよ」
「どんな?」
「もうこの制度使えなくなります」
「それはむしろプラス! 断ろう!」


そんなの、私からしてみれば願ったり叶ったりだ。

見合いを断れば、もう見合いに誘われないなんて最高としか言いようがない。


「それだけじゃないんじゃ、主」
「え? どういうこと?」


顔を真っ青にしている陸奥に、嫌な予感がする。こんのすけも、陸奥の言葉にうんうんと頷いている。
おそるおそる、私は陸奥の次の言葉を待った。


「――十万、小判の罰金」
「!? 軽装交換できる額じゃん!! 罰金ってなに!? なにがそんなに罪に値するっていうの!?」


大金だ。わなわなと震える私に、今度はこんのすけが付け加える。


「加えて、政府に奉仕活動と言いますか、色々とまあ……ただ働きをさせられます。本丸総出で」
「本丸総出で!? なにをさせられるの!?」
「それはまあ詳細は知らされておりませんが、肉体労働らしいですよ」
「どういうこと!? 草むしりとか!?」
「草むしりだったらまだ生優しいかと……」


ひきつった顔を隠す努力もしないで、私は天井を見上げた。

もうなーんも考える気が起きない。


「なんでそんなに罪重いの」
「悪ふざけ防止です。いるんですよねえ、無料だからと冷やかしたり軽い気持ちで見合いをする審神者様。ほら、刀剣男士の方がセッティングしたから適当にすませちゃおうという審神者様ですよ。やる気ないんですけど刀剣男士がはりきっちゃって〜みたいな審神者様」
「あー…いい迷惑だねえそれは」


その言葉が面白半分である状態で出たものならばともかく、刀剣男士だけが張り切って見合いをセッティングしたというのであれば、その心理はよく分かる。とてもよく分かる。だけど、本気で見合いを望む人にとっては迷惑きわまりない。


「そういったですね、刀剣男士の暴走防止のための処置でもあります」
「効果ないんじゃないのお。陸奥を見てみなよ、ほら」

「まっこと申し訳が立たん……なんとでも言うてくれ……」


今度は見事なまでに土下座をしている陸奥のつむじを指でぐりぐりと押す。


「そんなペナルティあるとか聞いてない。私に相談なしにそういうことするのってどうなの」
「すまん! 見合いをすることが主のためだと、あの時はそう思っちょったんじゃ……」
「そう。私は見合いしなきゃ幸せになれないんだ?」
「今はそう思っちょるわけじゃないんじゃが、あの時は……」


その言葉に、それ以上は責める気にはならなかった。
責めたところで、どうにかなるわけではないし。ふう、と私は一息ついた。


「もっと早く、伝えておけば良かったね。ごめんね、陸奥」


陸奥の頭をぽんぽんと叩いて、「顔を上げて」と口にした。ゆっくりと顔を上げた陸奥はこれでもかっていうくらい眉間にしわを寄せていた。今にも切腹とかしそうな悲壮感。まあしないだろうことは分かるけれど、そう言う姿を見ていたら心配にもなってしまう。その表情を見ていたら、どうにも、諦めがついてしまったというか。

少し考え込んで、私は笑った。


「見合いしてくるよ。良い人だったら、そのまま結婚しようかな」


当てつける気持ちがなかったというわけではないけれど、でもこうする以外の選択肢が思いつかないのだ。


「そんな必要はない! おんしはそんなことする必要なんてないき!」
「そうは言っても、他にどうしようもないでしょう? 十万は高すぎ。私の我が儘で、皆に肉体労働押しつけることだって出来ないよ」
「そんなことはないき! おんしにそんなことを押しつけるくらいなら、それくらい皆文句言わんとやってくれるはずじゃ! ……いや、文句は言うてくるかもしれんが! その文句は全部わしが引き受けるき!」


セッティングしたのに、そんなこと言うの矛盾しすぎじゃないかなあって思う。


「無理。小判も時間ももったいない」


流石に、主という立場にいる以上、それは出来ない。
審神者として、そういう個人的な事情で皆に負担をかけるなんてありえない。陸奥への気持ちはあるけど、それはそれ、これはこれ。
こうやって割り切れるから、私はここまでやってこれたんじゃないかなあって、自分を振りかえってみて思う。


「こんのすけ。話を進めていいよ。とりあえず真剣に見合いに挑めば、結果破談になってもいいってことだよね」
「そうですね。相手方に気づかれないように破断できたら問題ないかと。ようは、相手方から苦情がなければよいのです」
「わかった。つまり、真面目に取り組めばいいってことだ」
「そういうことです。でしたらすぐにお返事を――……」

「待つぜよ!」


そういうことなら、結婚までしなくても良いということだ。真剣に見合いに望めば、取り立てて魅力がない私はお断りされることは必須。ならば断って罰を受けるよりも、そっちの方が遙かに話が早くて後腐れがない。


「おんし本気で言っちゅうか! ろくに知らんやつと見合いなんぞして、相手に気に入られたらどうするんじゃ! いんや、間違いなく気に入られて求婚されるに決まっちょるんじゃ! 話がややこしくなるじゃろう!」


これを本気で言っているからすごいんだよなあ、と。そんな風に他人事に考える自分がいた。


「平気だって。私、誰かに好かれたことないもん」


笑って言う。これに関しては絶対の自信がある。
刀剣男士は人間の外見の美醜なんて気にしない。だから忘れそうになってしまうけれど、人間は大事なのは中身なんて言うけれど、実際それなりの外見が伴っていないと中身すら見てもらえない。


「だから大丈夫」


そう言えば、陸奥はぐっと怒ったような表情をする。
そんなに卑下するなって言うのかな。気持ちだけは嬉しいけれど、なにを言われたとしても事実はなにも変わらない。


「おんしはええんか! そりゃあ、わしが強引に話を進めたのが悪いんじゃが……」
「そうだよ。陸奥のせいだよお」


冗談めかしてそう言うと、陸奥はぐうと口を閉ざしてしまう。返す言葉もないらしい。


「いいんだ。どうせ好きになってもらえないし。まさか昨日の今日でなんて思わなかったけど、年貢の納め時ってことかなって」


短い平穏だった。終わるのが早すぎていっそ笑えてくる。


「見合いがうまくいったら、喜んでね。陸奥」


もう自暴自棄の領域かもしれない。一周回って逆にテンションがあがってきた。


「おんしは……! 何を言っちゅうがわかっとるんか! そんな見合い、祝福できるわけがないじゃろうが!」
「陸奥がセッティングしたんじゃん!」
「そうじゃが! それとこれとは話が別じゃき!」
「別じゃないよ。同じ話だよ」


そう切り捨てると、陸奥は今度はこんのすけに食ってかかる。


「こんのすけ! どうにかならんか!」
「無茶です! 一体どうしたのですか? 昨日はあんなに審神者様に見合いをさせようとしておりましたのに」
「それは……色々とあったんじゃ。どうにも食い違いがあって……」
「わたくしは陸奥守様が頼みに応じて、早急に話を進めたのですが!」
「わかっとる! そこをなんとか! ならんか!?」


こんのすけは陸奥をむすっと見たまま、不機嫌に尻尾をぱたぱたと乱暴に上下に振っている。


「方法はないわけではないですが……」
「なんじゃ! 教えてくれんか!」


言い渋るように、こんのすけは告げる。


「ようはお相手が出来れば良いのです。つまりは、審神者様が特定の相手と交際を始めれば。以前から交際していたのではなく、見合いがきっかけで交際成立したということであれば、ギリギリ、見逃してもらえるというわけです」

「交際……」


ぽつりと呟く陸奥に、訝しげにこんのすけをみる私。


「そんな相手いないから見合いに申し込まれたんじゃないのお? そんなケースあるの?」
「あるんですねえこれが。少数ではありますが」


変なの、と思うけれど、交際相手がいない上に交際に発展しそうな相手もいない私には全く関係もない話だ。


「陸奥。余計なことは考えないようにね」


不穏に黙る陸奥に不安を感じる。嫌な気配がする。余計なことを言い出す前に話を進めてしまおう。


「とにかく、見合いは受けるってことで――」
「いや! 待つんじゃ!」


案の定口を挟んできた陸奥に、私はうへえと顔をしかめた。次に陸奥が言いそうな事が容易に浮かんでくる。


「主とわしが交際しとるき、見合いは無効じゃ!」
「あーあーあー! 言うと思った! やめて本当!」


昨日あれだけ言ったのに!陸奥は全然分かってない!


「こんのすけ! 無視して話進めていいよ! 陸奥はご乱心なの」
「乱心しとらん! わしは本気じゃ! 一体どこの誰が、わし以上におんしを幸せに出来るっちゅうんじゃ! 昨日からずっと考えとった! わし以上におんしにふさわしい相手はおらんじゃろうが!」
「もうほんとご乱心!!!」


こんのすけはこてんと首を傾げた。


「審神者様と陸奥守様は、恋仲なのですか?」
「違うよお!」「そうじゃ!」
「どっちですか……」


こんのすけはふうとため息をついて、


「一週間ほど、様子を見ます。お二人の合意が得られた場合、この見合いは無効ということで破談申請致します」


そんなことを言うものだから、私はげえっと思わずにはいられなかった。
最悪な事態だ。それこそ、見合いをすることになるよりもずっと嫌な事態だ。


「おんしはわしを好いておるじゃろう! わしもおんしを好きになればそれで恋仲になれるのに、何の問題があるんじゃ!」
「問題しかない! 何も分かってないじゃん!」


こんのすけは私と陸奥をじいっと見つめてから――不意を突くように陸奥の顔面に張り付いた。もがもがと言っている陸奥が、こんのすけを引きはがす。


「何をするんじゃ!」
「止まりそうになかったものですから!」


ストップをかけるにしては中々ダイナミックな手段を使うなあ。こんのすけは、まるで今から自分のターンだとでもいうみたいに、静かに話し始めた。


「陸奥守様、刀剣男士と審神者様が恋仲というのであれば、お二人の合意だけでは判断には足りません」
「というと……どういうことじゃ?」
「審神者様はどうやら、その気は一切ない様子……となれば、今後お二人が交際していると言い張ったとて、判断するのは……ということです。つまりですね、本丸の他の刀剣男士の方の周知が必要ということです」


少しの間を置いて、こんのすけはこほんとわざとらしい咳払いをした。


「審神者様より先に、他の刀剣男士の方々のお許しを貰ってきていただければ、話が早いですということです」
「! ほうか! なら話は簡単じゃな! なんちゃあない!」

「こら! こら! 待って待って! 話を勝手に進めないで!」


私の制止も空しく、陸奥はこんのすけをぽいっと畳の上に投げると、がばっと立ち上がって廊下に出ていた。


「待っちょれ主! すぐに本丸中で許可を貰ってくるからのお!」
「待つのは陸奥だよ! どこいくつもり!?」
「今から白無垢を着るのを楽しみにしておくんじゃぞ!」
「話が飛躍しすぎ!! まっ……ああ、もう行った! 最悪!」


手を伸ばしてももう届かない。こうと決めたら陸奥は一直線で行動派すぎる。見合いをさせるも見合いをなかったことにするにも、どちらにしても一直線で迷いがない。だから話がややこしくなるっていうのに。


「お待ち下さい。審神者様」


すぐに追いかけようとした私を、こんのすけが呼び止める。


「待てないよ! あれ放っておいたらすごく大変なことに――……」
「本当に、審神者様の了承なく見合いが進められると思いですか?」
「……――え?」
「もしも審神者様の了承なしで話が進められるのであれば、そもそも、あれほど審神者様に見合いを勧める必要もなかったとは思いませんか?」
「??? ……確かに、それはそうなんだろうけど……」


この含みのある言い方。どうやら、重要な話みたいだ。おずおずと座り直した私に、こんのすけは苛立ちを隠す気もなく、尻尾をべしべしと畳にたたきつけている。


「刀剣男士の方の要望から始まる見合い制度。これはあくまできっかけで、嫌がる審神者様の首根っこをおさえて連れていけば良いというものではありません。きっかけがなんであれ、審神者様の了承は必要不可欠」
「つまり……相手の了承が云々って話や見合いの話は……」
「嘘です。わたくしも、少々陸奥守様の暴走に思うところがありまして!」


よく分からない。どういうことだろうか。
それはともかく、どうやら私は見合いをしなくてもいいらしい。胸をなで下ろして、私の顔からは笑顔がこぼれ落ちた。


「ほっとしたあ。じゃあ、ペナルティの話は……」
「ありますよ。でもあくまで形式上というか。冷やかしの類かどうかについてはこんのすけが前もってきちんと判断するので、そもそも見合いに発展するまではいかないのですよ。ほぼ確実に篩にかけられます」


すごく真に迫った口調だったから、すっかり騙されてしまった。


「ならどうして? さっきはすごく圧をかけてたように見えたけど」
「かけました! 陸奥守様はどうやら焦っておられるようだったので! ならば背中を押してさしあげようと!」


ふふんと物知り顔で、こんのすけは続ける。
今気がついたのだけれど、もしかしてこんのすけの尻尾のバシバシは、苛立ちからくるものではないのかな。どことなく、楽しそうに見えてしまう。


「実は昨日、偶然、本当に偶々、お二人のやりとりを聞いてしまいまして!」


どや顔で言うことではない。私はひいっと小さい悲鳴をあげて、こんのすけに詰め寄るように距離を縮めて身を低くした。


「何してんの!? ねえ何してんの!?」
「偶然です! わたくしとて、盗み聞きをするつもりはなかったのです。なかったのですが、思わぬところで審神者様のいじらしい恋心に気づいてしまって、これは協力しなければと思った次第です!」


頭が痛くなる。恥ずかしいし、ばれてしまったことも嫌だしで。


「……その、審神者と刀剣男士の組み合わせって……どうなの?」
「合意であれば、特に処罰の対象にはなりませんよ。そもそも、我々は歴史を守るためにご協力を仰いでいる立場のわけで。刀剣男士の方が審神者様を是非にということがあれば、こちらとしてはどうぞどうぞと言うしかないわけです。勿論、合意の上ならば、ですよ。問題があれば介入します!」
「ええ……そんなスタンスなんだ……初めて知った」
「わざわざ説明して面倒なことになっては困りますから。あまりおおっぴらには周知することではないのです!」


そうやって聞くと人柱みたいな印象を受ける話だなあ。
とはいえ、神様である刀剣男士が人間をそういった意味で好きになることってそうはないんだろうなと思うから、危機感なんてものは全くないけれど。それを知っても、私の生活は何も変わらないだろう。


「でもさあ、だからってあんな……陸奥はすっかりその気だよ? やめてよ。わたし仕方なく好きになるとか言われるの嫌なんだけど。聞いていたなら知っているでしょう?」
「いえいえいえ! あれはあれで脈ありでしたとも!」
「ええ……嘘だあ」


とても信じられない。直球で無理って言われたし、それにそこまで言うなら娶ってもいいけどおみたいなテンションだったし。


「あれから陸奥守様と審神者様の見合いについてお話をしようとついていった先で偶然独り言を聞いたのですが、陸奥守様はあれから色々と考えていらっしゃったようで。これはもしかすると――もしかするとでは?と思った次第です」
「どういうこと……」
「ぶつぶつと仰ってましたよ」
「何を?」
「何やら不穏なことを」
「こわ! だから何を!?」
「まあまあ、良いではありませんか細かいことは」
「細かくない! すごく私に関係ある話!」


まあまあ、と宥めるように言いながら、こんのすけは私の膝の上に乗った。その雰囲気が何やら、ほっとしているように見える。


「見合いの話のお返事の期限は一週間です。保留にしているのは本当ですが、焦って返事をすることもないのです。審神者様の合意なしに見合いを組んだとて意味がないですからねえ」
「それは助かったけど……断っといてね?」
「はい! ですが、このお話は陸奥守様には内緒にしておくと良いでしょう」
「ええ……いいよ。私好きでもないのに同情で交際されるのすごく嫌なんだけど」
「そう考えるから駄目なのですよ。折角ですから、しっかり陸奥守様と向き合ったら良いではありませんか」


そう言われても困る。


「これをきっかけに、陸奥守様とのご関係が変わるかもしれませんよ!」
「……いや、いやいやいや。ないないない。無理無理無理」


すぐに陸奥のところにいって、本当のことを言わなければ。また私の知らないところで話が進んでも困るし。


「自分の持ってきた話で審神者様の見合いが決まり、その審神者様が自分たちのために嫌々見合いに行くなんて、陸奥守様とてじっとしてはいられないでしょう? 審神者様の想い人はご自分だというのに!」
「誰だってそうでしょう。私だって陸奥の立場だったら同じ事すると思うよ。だから嫌なんだって」
「そうですか? 一切迷いがなかったではありませんか。全く何の情もないのに交際など考えるわけもなし。他の手段をとるよりも先に、真っ先に主と交際しようだなんて、普通考えますか?」
「陸奥は考えるよお。面倒見もいいし」


陸奥ならする。それくらい世話焼きだ。やりたくもない見合いに望む主を放っておけないからならせめて、と思ったとしても私は驚かない。


「いいえ! 決してそれだけではないはずです! こんのすけはこの本丸を見守ってきたのです。わたくしの勘は当たります!」
「当たらないって!」


お気楽というかなんというか。私は立ち上がって、やれやれと陸奥を探しにいくことにする。このまま放っておいて事態が良くなるとは思えない。


「陸奥と交際とか……」


――そりゃあ、もしも出来たら、すごく嬉しいけど。

でも、陸奥の気持ちを無視して都合良く付き合うつもりなんてないし。何より自分が惨めすぎる。
このまま放っておくと他の刀剣男士にも誤解がついて回るし、早いところ陸奥を回収してこなければ。


「陸奥――ー!!!  嘘だって!! 見合いないってー!!!」


結果的に、大きな声で叫びながら駆けていく私の声が陸奥の耳に届くまでには結構な時間がかかった。何故なら、道中で話を詳しく聞こうとする刀剣男士達に逐一説明をして回らなければいけないからである。

そうやってたどり着いた先で陸奥に事実を告げたとき、陸奥がどんな反応を見せるのかを考えると気が沈んだ。喜ばれても、ここまでやったのに、というそのどっちの反応をされても、やっぱり何かしらのダメージは私にはあるからだ。とはいえ、それも仕方のないことだった。




――この時の私は、まさかすっかり乗り気になってしまっていた陸奥が、そのどちらでもない反応を見せるとは思っていなかったのである。




- 8 -

mae top tugi
index