ものおき


賢くて可愛くて強くて利口な美少女と!



片手でもつと、手のひらからはみ出してしまうような箱。それをぼんやりと見下ろしていた私の背後から、気配が近づいてきた。悪巧みをしていそうな声がほんのりと呼吸に漏れていて、かといって私は特にこれといったような反応もせず。

後ろから首を絞めるように手が回されても尚、私はこれといった反応を見せなかった。


「局長ー? なんか良さそうなの持ってんじゃん」


細く華奢な指先が首を囲ってるが、ヘラが私の首を本気で締め付けることはしないと知っているのだ。


「帰ってきたか。思ったよりも早かったな。おかえり」
「うっわ…つまんない反応。なんかもっとないわけ? ヘラ様、どうかお許しください!とか。もっと無様にあたしに懇願しなさいよね。張り合いがないったら」


そんな言葉も聞き流す。ヘラが私に危害など加えることなどないと、はっきりと言い切れる。それくらいの信頼関係ならば、既にできているのだ。
確かに、彼女は口が悪い。が、咄嗟の時、私の身を案じ、震える声で私を呼ぶのだ。そのような懇願など、必要がない。

加えて、もしも仮に本気でヘラが私を殺そうとしたとして、止める術がないわけでない。一蓮托生なのだ。私とコンビクトである彼女との関係は。


「それで? それなんなの?」
「……ナイチンゲールから貰ったものだ。たまにはこういった嗜好品もよいだろうと」
「ふうん。それで、局長はそれを独り占めするんだ? こんなにかわいいヘラちゃんを派遣任務かなんだか知らないけどどーでもいいことで外に放り出しておいて、自分はおいしーいお菓子食べるんだ? へー。ふーん。いーいご身分だよねー?」


きゅっと、指先が首を絞める。


「食べるか? 構わないよ」


その指先を緩く撫でながら、私は静かに続けた。


「ヘラが好きそうだと思ったから、手をつけていなかった。食べたいのなら、一緒に食べよう」


元よりそのつもりであったのだと伝えれば、背後から不意を突かれたような「うっ」という声が漏れた。思っていた反応とは違っていたようだ。しかしその態度を察せられることは嫌だったらしいヘラは、持ち前の生意気盛りを発揮して、煽るような声を出す。


「へー?? あたしのこと健気に待ってたんだ? まだかなまだかなーって? あはっ! まるで置いてけぼりされた犬みたい! そんなにご主人様の帰りが待ち遠しかったのかなあ??」


その口調とは裏腹に、ぷるぷると私の首を絞める指先はふるえている。これで照れくささを誤魔化したつもりでいるのだ。そんなところが、どうにも、庇護をかりたてるというか。その不器用さを、どういなそうかと考える。


「いらないのであれば、一人で食べよう」


高級そうな箱の包みを開け、手早くふたを開ける。その中には丸いチョコレートが六つほど仕切られた中に並んでいる。感心した。まさかこのような状況下で、こんなにも嗜好に特化した菓子が食べられるとは。チョコレートは糖分やカロリー摂取をもカバーする。嗜好の為にここで食べることは些か勿体ない気もするが……まあ、ナイチンゲールの好意だ。折角だから受け取っておこう。


「はあ!? いらないなんていってないじゃん!! 勝手に決めつけないでよね! あんまりそういうことするとほんとに首しめちゃうから! いやでしょ! 全部あたしによこしなさいよバカ!」
「ヘラ。揺さぶらないでくれ」


今度はすぐさま肩を掴んで激しく揺さぶる。その弾みでせっかくの菓子が落ちてしまうかもしれない。


「うー! あたしにチョコを見せつけて一人で食べようなんてずるい! ずるいずるい! コンビクトにだってお菓子を食べる権利ぐらいあるのよ! そうでしょ!」
「うん。その通りだ」


誰もあげないとはいっていない。いらないのであれば一人で食べるといっただけだ。
私はそっと箱の中のチョコレートを一つ掴んで、それを背後にいるヘラにむけて差し出した。後ろを振り返ってはいないから、ヘラの表情はわからない。だが、それでも別に構わないという気持ちだった。


「口を開けて、ヘラ」


なんなら全て食べられても構わない。そんな気持ちでいたが、ヘラは背後で「ううっ」と声を漏らす。直接みなくともその表情が予測できて、自然と頬が緩んでしまう。


「………………まあ? 別に、ヘラちゃんにお菓子を献上しようっていうその気概だけは買ってあげる。貰ってあげるけど、でも、ちょおっと態度がなってないんじゃない」
「態度? 何か問題が?」
「ある! もうありまくり!」


そう言い放つと、ヘラは背後から私の正面に回って、椅子に座る私の膝の上に横向きで座る。普段はしないその行動にきょとんとしていると、ヘラは気恥ずかしいのか居たたまれないのか、私とは目を合わせないようにしていた。そうして、少し躊躇うようなそぶりを見せた後に、唇を尖らせて言った。


「……こ、こういうのは、ちゃんと口元まで持って行くものなの。あーんって言いながらするものなの!」
「そんな決まりはないだろう。聞いたことがない」
「あるの! あたしがあるって言ってんだから、あるったらあるの! 口答えしないでったら!」


毅然として返事をした私に噛みつくようにして、そうしてヘラはその小さく薄い唇を開き、そしてぎこちなく瞼を閉じた。これはヘラなりに私に心を許しての行為なのだろうと思えば、それ以上追求する気にはなれず。


「……あーん」
「あーん」


まるで私の真似をするかのように声を出したヘラにふっと笑ってしまう。それにヘラが気付いて文句を言う前に、その口にチョコレートを放り込んだ。そうして静かに口をもごもごさせながら味わっているヘラを、じっと見つめる。


「んー! んんんっ、んふふふ……」


みるみる内に上機嫌になるヘラは、両頬に手のひらを当てて、そして感動したような声ばかりを漏らす。チョコレートの香りがふわりと漂ってきた。


「おいしい?」
「おいしい! なにこれ! 口の中ですぐとけちゃう! 甘いし! おいしー!!」


すごいすごいと喜ぶヘラに、残しておいて良かったと思う。箱ごとヘラに渡すと、きょとんと私をみるヘラに思わず笑みがこぼれてしまった。


「残りはヘラが全部食べなさい」
「残りはって……あんた、一個も食べてないじゃん」
「構わない。私はいつもコンビクトの皆に頼ってばかりだから。嗜好品で癒しを、というのであれば、これは私が食べるよりもヘラが食べた方がいい」
「………ふうん、ま、良い心がけなんじゃないの」



言いながら、ヘラはじっと渡されたチョコレートを見下ろして、そして沈黙した。じっと何も言わずに何もしないヘラは、当然、私の膝から降りるような素振りも見せない。


「……別に、あんただっていっつも無茶ばっかりして、怪我とかしてるじゃん……ちょっとくらい、食べたって罰はあたんないんじゃないの?」
「罰は当たらないが……どうした? 遠慮しているのか? 食べていいと言っているのに」
「うるさいなあ! 食べていいって言われると食べたくなくなるの!」


そうは言うが、物欲しそうな目をチョコレートに向けていては説得力がない。ヘラはそれからしばらく何かと葛藤していたように黙り込んで、そして箱の中からチョコレートを取り出すと、そっと私の口元に運ぼうとした。


「あ、あーん」


それに驚いて目を丸くする私に、ヘラは不器用な物言いでそう言い放った。しばらく考えた後、私は唇を開き、チョコレートを口に受け入れた。途端に舌に乗った甘さは、鼻を抜ける甘い香りに、目を細めた。脳に糖分が行き渡る、といった感じだ。


「確かに、美味しいな。でもいいのか? 全部持って行ってもよかったんだが」
「これは元々あんたのじゃん……それにあたしは優しいから、あんたにも分け与えてあげられるの。ほら、次あたしの番だから、あーんして」
「自分で食べないのか? 食べられるだろう?」
「うっさい! うっさいうっさいうっさい! 早く食べさせてったら! はやくしないと溶けちゃうじゃん!」


半ば叫ぶような声だった。自棄になっているといっても納得できるような。くすりと笑った私の頬を恨めしげに指先で摘んでしまうヘラに、私はチョコレートを一つ摘んで差し出した。「あーん」と口にすれば、ヘラは摘むことをやめ、おもしろくなさそうな素振りを見せながらも素直に口を開き、チョコレートを手づから受け入れた。

そうして再び破顔するその姿に、笑みを浮かべずにはいられなかった。


(――たまには、嗜好品も良いものだな)


そんな思考を読まれていたのか、つんとした態度のヘラに指先を噛まれたのはその後すぐのことだった。







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