並行する青の世界

落ちている。
意識が戻った時には、視界全てが様々な青に支配されながら重力に従い落下していた。背には落下による撃墜を防ぐ装備もないし、所謂丸腰の状態である。はてさて、如何したものか。と何処か冷めた気持ちでこの状況を変える手段を模索する。しかし悠長にはしていられない、徐々に青く広い広い海が近付いてきている。かろうじて自由の利く腕で目当てのものを探り、掴む。長年使い込まれたそれの凹凸の感触で中に入っているのが彼であると認識する。何よりも奴らに奪われなくて心底安堵した、悪用はされないにしても命を狙われでもしたら詰んでいた。掴んだそれは手から静かに離れる、そして赤と白の球体は境界線からパカリと開き閃光が走った。ボーマンダは野生だったタツベイから大切に育てた子だ、しかし仲間になった当初はやんちゃすぎて手に負えなかったが今では多少落ち着いた。欲した赤い翼は彼の成長を示している、飛ぶことを夢見た彼は遂に夢を叶えその力を私に惜しみなく貸してくれる。真下に体を滑り込ませたボーマンダの背に漸く身体を沈め、呼吸を整えるが心臓が速く脈打ち酷い耳鳴りに襲われる。一体どのくらいの時間、空中を落下していたのか分からないが手足がやや冷え震えが止まらない。ボーマンダは翼を動かしながら、こちらを案じる声が聞こえる。少し呼吸が落ち着かず、返答できなかったため彼の首を撫でて応える。

「島が、一つも見当たらない・・・」

コンパスを取り出すも、全く北を指し示さないし手持ちのマップも起動しないがボックスにはアクセス可能でポケモンの出し入れは自由にできた、一先ず安堵する。
ふと、視線を感じ下を覗き込むが一面青一色が広がっているだけだが、ボーマンダが明らかに威嚇をしているようで自身の勘は確かだったらしい。彼に徐々に近づくように指示し、遂に海面近くまで降り接近を試みるがどうやら相手は自転車に乗っているらしく此方に向かってきていた。私の目に映っている光景は最早、夢なのかそれとも現実なのか頬を抓ってみるべきか悩んでしまう。もう一度言うが此処は海である、島一つ存在しない海の真上。目の前にいる男は自転車に跨って此方を見上げている、何故海に落ちないのだろうかと観察していると自転車のタイヤと海面が接触している部分が微かに凍っているのが確認できた。

「あらら、天使かと思ったらスーパーボインじゃない。今夜ヒマ?」
「・・・」
「ん?言葉分かる?」

呆れ果てた、まさかそんな台詞が飛んでくるとも思わなかったし、何より軟派な男に費やす時間が惜しい。一刻も早くこの状況を打破せねばならないというのに、こんなところで油を売っている暇はない。ボーマンダにこの場に離れるよう伝えるが、どうやら彼の悪い癖が出たらしい。

「え、もしかして怒っ」

ボンという音と共に視界が赤に染る、嗚呼やってしまった。火炎放射が男を襲い、辺りは白い霧が立ち篭め不可思議にもジューッと異様な音が響き渡る。人間が炎を浴びた時の音ではない、これは冷えきった氷の塊が溶けるような音だ。

「!」

氷だった。男は炎で溶けつつも、足元の氷が海面に広がっているではないか。ボーマンダは最初から理解していたようで、ほらなと言わんばかりに鼻を鳴らす。初対面の人間に対し火炎放射を放つのは褒められた話ではないが驚くべき発見を見つけたことは褒めてあげよう。しかしそれにしてもこの男は一体何者なのか、人間なのかそれとも人の形をした生物なのか理解し難いことが目の前で起こっている。

「あららら、ちょっとちょっといきなりすぎるでしょうが」
「再生・・・!」

有り得ない、この男は人間ではないのか。今までにこんな生物に出くわした事はない、新種の生物かそれともまさかポケモンと人との融合体なのか。明らかに能力は氷属性、弱点は炎、格闘、岩、鋼・・・効果は抜群のはず。弱点をつかれても再生が可能となるなら今、この男に炎の能力は効かないということか。思考が交錯して答えを導き出せない、こんなことは初めてだ。

「まぁ〜なんだ、ちょっと話をしようじゃないの」
「・・・貴様一体、」
「こんなとこではなんだ、のんびりティータイムと洒落こもうじゃないの」

パキパキの再生しきった身体をゆっくり先程の体勢に戻した男は存外、穏やかな声で深く甘い声で誘うのだった。