
星はしずかに水没する
男の名は、クザンという。
奴が持つ奇妙なコンパスで、あれ程見当たらなかった島へと辿り着くことができた。しかしそこは島というより巨大な噴水のような形をした船にも見えた。アルトマーレを彷彿とさせるその姿は、とても美しく暫し魅了された。
「お前さん、名前は?」
「⋯ナマエだ、先程はすまなかった」
「あ〜いいのいいの」
よいしょ、と自転車を押し進める男の斜め後ろの距離をキープし同行すると目の前に大きな軍艦のような船が確認できた。カモメのようなマークとMARINEと書かれた旗は正に海上警察の意味を持つ。恐らく目の前の男は海兵であり、そこそこの地位に立つ男だろう。制服を着た男達が揃って敬礼しているし、微かに「青雉大将」という言葉が聞こえる。厄介な相手に攻撃をしてしまったが、致し方ない。ボーマンダに罪はない、私を守らんが為にした行い⋯責任は私が負うべきだろう。
「私はどうやら、現行犯逮捕ということか?」
「あぁ違う違う、自転車預けにきただけよ」
「は⋯?」
自転車を、預けに。拍子抜け、とはまさにこの事だろう。てっきり逮捕されるものと思っていた、杞憂だったらしい。
「あらら、険しい顔してどうしたの」
「⋯」
この島は
(誰も、ポケモンを⋯連れていない)
見渡す限りの人、人、人。ポケモンが一匹もいないのだ、段々血の気が失せていく感覚に身体が震える。まさか、そんな・・・有り得ない。
「ナマエちゃん」
「⋯!」
「顔色悪いよ」
身長の高い青雉は身長の低い私の高さに合わせるように腰を曲げ、視線を合わせてくれる。不思議と安堵する感覚に戸惑う、この感覚は人間に対して義姉以外に初めて感じた。しかし簡単に他人を信じるなと脳内に再生される言葉に我に返る、忘れる筈もない過去に誓った誓いを⋯人間は信用するなと過去の私が泣き叫ぶ。散々心身ともに傷付けられたではないか。まだ分かっていないのかと叱責される、恐怖心が吊り橋効果でこの感情を誘発しているのだと己に言い聞かせる。
「なんでもない」
喫茶店へ入店し珈琲が目の前に運ばれてくる、ミルクを少々と砂糖を一粒潜らせ匙で円を描いていくと渦巻き模様を描き黒からベージュへと変化していくのを眺めていると目の前の男がカップをソーサーに置き、こちらを見る。その目は軍人として私の正体を掴みたいがためなのか、果たしてその真意は読み取れない。人の心というものは実に純粋で正直で醜悪、そして残酷なものだ。
「可能な限りでいい、君のことを聞かせてくれない?」
この男に限ってではないが、全ての人間が心の中に深い闇を抱えている。私とて例外ではない。私は、私が出会い育ててきたポケモン達を愛することしかできなかった。この世に産み落とされた瞬間から、ポケモン達との意思疎通を可能とし言葉でより彼等の想いを汲み取ることができた。だからこの力は普通なのだと誰でも持ち合わせているものだと思っていたが、人間達はそうではなかった。彼等は普通であることを境界線にし、それから逸脱すれば普通ではなくなり迫害の対象となる。そう、それが私だ。
「あーそうだなぁ⋯まず仕事は?」
「考古学と科学⋯それから外科医師免許を持っている、仕事という仕事には就いてない」
青雉の顔がテーブルに置かれた三枚の免許証を見て顔を曇らせた。どうやら青雉には、この免許証に書かれている文字列が読めないようだった。これもこの状況を把握するための手段である、この男にこの文字が読めないということは、ここは⋯この世界は私が知る世界ではないということだ。
「⋯」
「読めないだろうな」
「つまり、ナマエちゃんは」
嗚呼、言葉にするとより現実味を帯びてくる。私の愛した、ポケモン達の世界がひどくひどく恋しくて仕方がなかった。