勘違い


ああ、無情。
目の前で起こっている光景に、視線を外すことができない。他人の痴情とは見るに堪えない光景だ、付け加えれば自分と交際関係にある男が私ではない誰かとそういう行為をしようとしている光景だが。

「失礼、どうかお気になさらず」

カツカツとヒールの音だけが響く、さっさと用事を済ませて退散するしかない。預かった書類をデスクにおいて明日の午前までの提出であることを伝えて、早々に退散。上司のセンゴク元帥に明日のスケジュールを伝達して本日の業務は終了だ、急いで彼の自宅に置いていた私物の回収と合鍵を返却せねばならない。同棲していたら、中々に大変な状況だっただろうなと付き合った当初の己の判断を褒めてあげたいくらいだ。
それにしても交際して早2ヶ月で浮気されるとは、とんだお笑い草だ。ボルサリーノさんも女としての魅力が欠如している私にほとほと愛想が尽きたのだろう、浮気されても仕方ない。だけどやはり多少は腹立たしい、だったら別れるなり何なりすればいいものを。と色々考えている間に、彼の自宅に到着してしまった。2ヶ月間、休みの日に過ごしたこの家ともお別れだ。楽しかったなぁと思いつつも、作業を開始する。今頃執務室でヨロシクしているだろうボルサリーノさんと顔も知らない女性、誰だったんだろうあの人。鞄に私物を次々と入れていく、センゴク元帥の秘書をして何年もなるが相手の女性は顔見知りではなかった。顔と名前は一度見たら忘れないのが唯一の特技だというのに。

「おォ〜・・・何してるんだィ?」
「!」

ピカリと辺りに閃光が走ったかと思えば、ここの家主が現れた。しかし、何故ここに。内心急に現れたことによる驚きで心臓が早鐘を打っているが平静を装う。

「私物の回収ですが」
「その必要はないと思うけどねェ〜、だって君はわっしの彼女だし」

浮気はしたが、別れるつもりはないと言っているのだろうか?生憎、私はそこまで浮気に寛大ではないし許すつもりは毛頭ない。

「先程浮気現場を目撃してしまったのですが、あれは私の勘違いでしょうか?先にもお伝えしたのですが、私は浮気を許せるような心が広い女ではないです」

作業の手は止めないまま、きっぱりと告げる。私物の回収はこれで終わりに差し掛かるところで、ボルサリーノさんの手によって鞄をひったくられた。

「ちょっ・・・!」
「わっし、浮気してないんだけどねェ〜」
「え?」
「してたらここにいないよォ?」

言われてみればそうだ、浮気現場を目撃してからここに来るまでに1時間も経っていない。寧ろ30分過ぎたくらいか、確かにここにいるのは・・・色々と早すぎる。

「酷いねェ〜、こんなにもなまえちゃんを大切にしてるのに」
「えっ、と・・・では先程の女性は・・・」
「給仕の子〜コケて珈琲ぶちまけちまってねェ〜」

つまり自分は事故現場を浮気現場だと勘違いしてしまったということか。恥ずかしいにも程がある、穴があったら入りたい。

「・・・・・・申し訳、ありません」
「おォ〜分かってもらえたならいいんだよォ」

ニコニコと可愛らしい笑顔を見せるボルサリーノさん、しかし表情とは裏腹に、私の荷物を下ろしたかと思えば今度は私を抱き抱える。その行動の意味が全く分からず困惑する。

「あ、あの・・・これはどういう・・・」
「勘違いさせちゃう程、寂しい思いさせちゃったからねェ〜」
「そ、そそそれって」

彼の長い足が向かう先は、寝室。急展開に赤面し、何とかボルサリーノさんの腕から逃れようと試みるが失敗に終わった。