春なんて待ってらんない


キュ、キュと乾燥した廊下を歩く。目的の場所は化学室であるが理由は簡単だ、そこに置いてある水槽の中の金魚達の為に餌を与えるためだ。誰に頼まれたわけでもないが、放課後は部活に入っているわけでもないし暇でやることもないからである。いや、訂正しよう。元々吹奏楽部であったが、部内での人間関係やごたごたに呆れて一年生時に早々退部した。顧問にも引き止められなかったし、特に真剣にコンクールでいい成績を目指しているわけでもないし、未練は微塵もない。それはさておき、目的の化学室に入り可愛い金魚達に餌を与えようと餌入れを手に取った瞬間、化学室を化学準備室を隔てる扉が開く。

「あらら?」
「あ〜クザンせんせーだ」

だらしなく白衣を着た長身の男が教室に生徒がいたことに驚いている、どうやら寝起きのようだ。

「なまえじゃないの、何してるの?」
「見ての通りですよ〜」
「まぁ、そうだな」

今年の春にはもう会えない、好きな人。私は三年間、この人を想い続けたが告白なんてできる度胸はなかった。だからせめて放課後は先生に会える可能性のあるこの化学室で時間を潰して帰るのを繰り返していた。

「三年も飽きないよな」
「飽きませんよ、好きですからね〜」

薬品の匂いが微かに近付いたのが分かる、隣に先生の存在を感じる。自分の胸の鼓動が聞こえてしまっているんじゃないかと冷や汗が出る。平静を装って餌を少しずつ餌を振りかけていく、パクパクと餌に食らいつく金魚達を眺める。

「それで、俺に告白いつしてくれんの?」
「は?!」
「え?」

告白のワードに一気に顔面が熱くなる。私の想いは私にしか分からない筈なのにどうして先生は知っているんだろう。

「な、なんで、えっ、」
「だってなまえ、俺のこと好きでしょ?」
「そっ、そう思った!こ、根拠は!?」
「まぁまぁ落ち着きなさいや」

曰く、私の化学に対する興味の示し方が異常だったことと、三年間欠かさず放課後に訪れ水槽の世話をしていたこと、受験を早々に終わらせといても尚欠かさず学校に顔を出していることだと言う。ぐぅの音も出ない。その通りだ。

「言うつもりは、ありませんでした・・・だってこんな高校生の子供に告白されても迷惑かなって思って・・・先生の好みでもないだろうし!だけど好きなのは止められないので・・・」
「毎日欠かさずここにきてたのか」
「・・・・・・はい」

暫しの沈黙、水槽の濾過装置の電気音だけが教室に響く。逃げ出したい、いよいよこの空気耐えられないと思ったその時だ。

「じゃあ、ほら何だ・・・今言えばいい」
「今の話聞いてました!?」
「聞いてた聞いてた、だからほら」

早く告白しろ、と言わんばかりにこちらをじっと見つめてくる。普段はぐうたらの癖にやけに食い気味だ。授業中もこれくらいやる気出せばいいのにとさえ思う。

「ふ、振られたくありません・・・」
「ここまでお膳立てしてんのに振るわけないでしょ?」
「いや、だって・・・・・・って、え??」

思考が停止した。つまり、先生は私の告白を受けると言っているらしい。あまりの衝撃に開いた口が塞がらない、感情が爆発しそうだった。

「で、好きなの?好きじゃないの?」
「す、好きです!!」

「はい、よくできました」