きみにとどけ
「なまえちゃん、俺と結婚して」
唐突に突き出された一枚の紙と、お決まりの台詞。この男が一体何を宣ったのか、一瞬理解できず硬直してしまう。まさか、そんなありえない。紙切れ一枚によって様々な法に縛られることになることを承知の上なのだろうか。
「今一度聞くが⋯私と結婚するつもりか?」
「だって⋯なまえちゃんが言ったんだよ?今以上の関係を求めるなら婚姻届とそれなりの覚悟を持って出直せって⋯」
「⋯」
確かに言った、そんなことを。しかしまさか本当に紙切れ一枚と確固たる意志を感じさせる目を持ってやってくるとは思ってもいなかった。
「本気じゃない、と思ってる?」
「法に縛られるぞ」
「そういうプレイをお望みなら」
「その口、まつり縫いするぞ」
そもそも先日の発言は、これ以上社交辞令を止めさせるための冗談のつもりであった。何分、目の前の男はそれなりに忙しい立場にあるしその上、女とくれば誰彼構わずすぐにお得意の「今夜ヒマ?」と宣う人物だ。本気ではないと思っていた。
「ひどいじゃないの、結構本気なのに」
「そんな、だって」
既に夫となる人、の左半分の欄は不備なく記載済みであるが俄に信じ難い。ちなみに直近で聞いた「今夜ヒマ?」発言は一昨日の話である、それも目の前でドール中将に、だ。
「この前⋯私の目の前で、ナンパしていたじゃないか」
「ごめんね、なまえちゃんに嫉妬して欲しくて。でももうしない」
しかしあまりにも無反応であったために、この作戦では振り向いてもらえないと判断したらしい。そんな時に私があのような発言をしたため、それならばと行動にうつしたそうだ。傷付きたくないが故に提示した案にそのまま乗っかった、というわけだ。
「⋯私は、はじめて会った時から好きだったんだ。でもお前にその気はないと思ったから」
じわじわと顔の中心が熱くなる、はじめて吐露する青雉への想い。目の前で別の女性をナンパしているこの男が憎らしかったし、ナンパされている綺麗な女性たちが羨ましくもあり憎らしかった。なんで私ではないんだろう、こんなに想っているのに、と。
「ごめんね、なまえちゃん」
「⋯浮気は、許さないからな」
「あらら、するわけないじゃない」
私は差し出された婚姻届を記入するため、羽根ペンを取った。